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138/173

138.これが最後の分岐です




 暗闇に灯したわずかな明かりの中、ゆっくりと髪に鋏を入れます。

 サリサリサリ──

 かすかな音を立てて銀髪が床に落ちました。

 少しの間それを見つめてから、鋏を置いて荷物を背負います。


 夜明け前に城を出ました。


 外からは猫の子一匹通さぬシルバスティン城ですが、内側からは秘密の抜け道を通って出ることができます。万が一のときだけ、と約束した抜け道を使って申し訳ありませんが、堂々と出ていくわけにもいきません。

 抜け道を出ると裏手の林に出ました。星の位置で方角を確認し、歩き出します。

夜が明ければミアに気づかれる。それまでに少しでも距離を稼がなければなりません。


 ずっと前から決めていたことです。

 血族会議で極刑を避けられなかった場合は、帝都へ行く。


 反対されるのはわかりきっていましたので、こつこつと準備だけは進めてきました。

 地図。フード付きマント。男物の服と靴。携行用ランプ。小型ナイフ。城の使用人たちに頼んで少しずつ手に入れたものたち。

 出かける直前に切り落とした髪がチクチクと首に刺さります。

 林を抜けて草原を歩きながら、一度だけ城を振り返りました。



「……ありがとう」



 小さく呟き、また前を向きます。

 山並にほんのりと夜明けの光が見えはじめたころ、一軒の民家と厩が見えてきました。

 足を忍ばせて厩に近づき、中を覗き込みます。

 小柄な馬が一頭。

 私でも乗れるかもしれない。

 霊獣探しのときエリシャにからかわれて以来、暇を見つけては乗馬の練習をしてきました。



「どう、どう」



 厩に入り、やさしく呼びかけながら馬の首を撫でます。

 近くで見るとかなり年老いた馬でした。帝都まで行けるでしょうか。気性はおとなしいようですが……。

 柵を開けて馬を外に出そうとしたとき、



「おい、お前」



 鋭い声に呼ばれて固まりました。

 振り返ると、帽子をかぶった少年が入り口に立っていました。リオンと同い年くらいでしょうか。

 とっさに何か言おうとする暇もなく、



「馬泥棒!」



 少年がみるみる眉を吊り上げて叫びます。



「じいちゃん! 馬泥棒がおる‼」


「違います!」



 とっさに叫び返しました。懐に手を入れ、革袋から金貨をつまみ出します。



「これで、この馬を譲ってくださいませんか?」


「はっ?」


「お願いします。どうしても馬が必要なんです」


「見せろ」



 少年は私が差し出した金貨をひったくると、矯めつ眇めつ眺めました。



「んー? 本物かぁ?」


「本物です。何枚で譲っていただけますか?」



 革袋を取り出して見せると、少年の目つきが変わりました。



「!」



 乱暴に袋をつかまれます。取られまいと必死に押さえ、引っ張り合いになりました。袋の口からぽろぽろと金貨がこぼれます。



「離して!」


「お前が離せ!」


「おーい、どうしたぁ」



 外から老人の声がしました。

 まずい。ここに入ったのが間違いでした。

 袋を手放して出口に走ります。が、横から少年に体当たりされました。壁にぶつかって息が詰まり、乱暴に肩と腕をつかまれます。



「何しとるんだぁ?」


「じいちゃん! こいつ、金貨たくさん持ってる!」



 ランプを持った老人が姿を見せました。

 少年がうわずった声を上げます。



「絶対怪しい! お城の兵士に突き出してやる!」



 その瞬間──

 私は少年の襟をつかみ、同時に足首を蹴りました。

 ゼトに何度も習った体捌きです。

 少年がぎょっとしてこちらを見ました。迷わず一気に引き倒します。

 うつぶせに倒した体の上にまたがり、起き上がろうとする少年の顔にナイフを突きつけました。



「動かないで。おじいさんも」



 肩で息をしながら、私は老人を睨みつけました。



「言うことを聞かなければ、あなたの孫を殺します」



 手段は選ばない。

 どんなことをしてでも帝都に行く。

 正真正銘、これが最後の分岐なのですから。




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