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137.変えられない未来でも




「お連れしました」



 侍従長に伴われ、純白のマントに身を包んだ若い騎士が入ってきました。



「フィル……!」



 こらえきれずに駆け寄ります。

 以前と変わらない──

 象牙色の髪。水晶色の瞳。中性的な顔立ち。



「来てくれたのね……! 手紙は? 読んでくれましたか?」



 驚いたように目を瞠るフィルの手を取ります。

 国王宛ての手紙とは別に、私はフィルにも手紙を書いていました。『お兄様を助けるためにどうか力を貸してほしい』と。

 最後に会ったとき「必ず馳せ参じる」と誓った通り、本当に駆けつけてくれました。

 私の騎士。

 私の希望──



「我が王女」



 フィルは静かな声で言いました。

 私の手を握り返し、その場にひざまずきます。



「……………フィル?」



 透き通った瞳に、私は微笑みながら呼びかけます。

 同時に、なぜだか耳をふさぎたくなりました。



「こんなことを」



 アイスブルーの視線がふっと逸れ、



「申し上げたくはありませんでした」



 うつむきながら呟く声。



「フォルセイン王国は……ノイン殿をお助けすることができません」



 ティルトが息を呑み、ゼトが椅子を倒しながら立ち上がります。



「どういうことだ! 使者は、フィーはどうした⁉」


「ご安心を。フィー殿とアシュリー殿はすでに帝都へ戻られています」



 フィルは立ち上がり、ゼトをまっすぐに見据えて答えました。



「帝都に……?」


「はい。エメル家のヴィクター殿が直々にお迎えに来られ、一緒にお戻りになりました」


「……!」


「カフラーマ連合国のゼト王子とお見受けします。フィー殿は、ヴィクター殿に対してずっと貴殿をかばっておられました。自分がゼト王子を騙し、シルバスティンへ行かせたのだと。……早くお戻りになったほうがいい」



 ゼトの表情が苦しげに歪みます。



「どうしてですか?」



 ティルトが青ざめた顔で呟きました。



「国王陛下は、フラウの望みを聞き入れてくださらなかったのですか?」


「我が王は」



 フィルは長い睫毛を伏せ、自分の胸に手を当てます。



「病が進行しており、もうほとんどお目覚めになりません。おそらく手紙を読むことは叶わないでしょう」


「! では、王子や王女は? 他に力になってくださる方は……!」


「残念ながら」



 さらりと前髪を揺らして首を振ります。



「今、我が国は大きな混乱の中にあります。千年の歴史で次の王が決まらぬのは初めてのこと。他国に干渉するまでの余裕は……」


「そんな──」


「じゃあ、何のためにここへ来た」



 ゼトが怒りを押し殺した声で言いました。



「そんなことを伝えにわざわざここまで来たのか」


「いいえ」



 もう一度かぶりを振り、フィルは私を見つめます。



「我が王は意識を失う直前、最後に一目だけでもフラウ様に会いたいとおっしゃっていました。ですから──」


「行きません」



 私はフィルの手を自分の手からそっと外しました。



「お兄様を助けるまで、王国には行けない」


「王女……」


「来てくれたことには感謝します。手紙だけだったら……きっと納得できなかったでしょうから」



 フィルは何か言いかけ、私の目を見て言葉を呑み込みました。力なく首を垂れます。



「お力になれず……本当に……申し訳ありません」



 私はゼトに視線を向けました。



「ゼト。あなたはすぐに帝都へ」


「だが……!」


「私は大丈夫です。命を救ってくれて、剣を教えてくれてありがとう。フィーのそばに行ってあげて」


「………」



 次にティルトのほうを向きます。



「私は引き続き国内の支援者を募ります。ティルト、あなたは領地のことに集中してください」


「フラウ……」



 瞳を震わせる彼から目をそらし、私は足早に会議室を出ました。

 階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込み、



「ミア!」



 後ろ手に扉を閉めます。



「紙とペンを」


「……はい!」



 ミアが大慌て筆記用具を運んできます。それをひったくるように机に並べ、すぐさまペンを握りました。



「っ」



 勢い余ってペン先で紙を破いてしまいました。仕方なく別の紙を取り出します。が、今度はインクが滲んでしまいました。

 ああ、もう、何をやっているのでしょう。なんて無様な字。

 こんなもの、お兄様にはとてもお見せできな──



「…………………ぐ」



 滲んだインクのうえに雫が落ちます。

 息を止め、こみ上げてきたものをゆっくりと呑み込んでから、紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てます。

 迷うな。

 立ち止まるな。

 そう思い、必死にここまでかき集めてきたものが、指の間からこぼれていくような気がしました。

 未来は……変えられないの……?

 と、私の隣にミアが無言で腰を下ろしました。

 さらさらとペンを動かしはじめる彼女をぼんやり見つめます。息を吸い込み、私はもう一度ペンを手に取りました。

 それでも、諦めるわけにはいかない。




 私たちは寝る間を惜しんで手紙を書き続けました。

 両手はインクで黒く染まり、腫れた指が潰れて血が滲みました。痛みでペンが握れなくなると、包帯で固定するようになりました。

 一方、ゼトとフィルはそれぞれ城を出立し、ティルトは領地運営に忙殺されていきました。

 以前は私も内政会議に参加していましたが、あるときティルトに出席を止められました。私を匿い続けることに臣下たちが疑問を抱き始めたのでしょう。

 ニーナ不在のまま政務を執り行い、臣下の不満を抑え続けるティルトは徐々に疲労に蝕まれていきました。

 帝都から届くニーナやエリオットからの手紙は、刻々と悪化する状況を伝えていました。

 私たちが王国の後ろ盾を得られなかった事実は急速に広まり、日和見をしていた貴族たちは一斉にリオンやニーナを批判しました。わずかにいた支援者は口を閉ざし、オーリアからの返信も途絶えました。

 間もなく、カトリアーヌ家とアズール家が極刑を支持。

 エメル家もそれに倣い、数か月に及んだ血族会議は終わりを迎えます。




 冬の兆しが見えはじめたころ、お兄様とアイラの処刑日が決定しました。




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