135.ぶっ飛ばしてさしあげます
ぽつりぽつりと手紙の返事が届きはじめました。
お兄様の減刑に賛成する人々は確実に存在しています。声を上げずにいる者が大半だと考えると、内在的な支持者はもっといるはず。
そこへニーナから二回目の報告が届き、状況が動いたことを私たちは知りました。
「アズール家が意見を撤回した……⁉」
「はい。最初は極刑を支持していましたが、保留に変わったそうです」
ティルトが声を弾ませて言います。
「きっと、アズール家とカトリアーヌ家の間で協定が結ばれたんです。情勢が固まるまで足並みをそろえるつもりじゃないでしょうか」
「《紫苑》と《紺碧》が?」
ゼトが眉をひそめました。
「仲がいいって話は聞いたことなかったけどな」
芸術志向のカトリアーヌ家。学者肌のアズール家。
この両家は気性が合わず、昔からたびたび対立しています。特に現当主が犬猿の仲というのは有名な話。
訝しむ私たちに、ティルトはにっこり笑って言いました。
「エリシャさんのおかげです」
「?」
「エリオット殿と婚約したんですよ。それも、エリシャさんのほうからプロポーズしたんですって」
「………………?」
………え?
は?
エリシャが?
エリオットと──
婚約?
「ほー。すごいことするな、あの女」
「僕も驚きました。エリシャさんたちが婚約するなんて。でも、両家が手を組むのにこれ以上のきっかけはないと思います」
「そのエリオットってのは? 知り合いか?」
「エリオット殿は《霊薬》を研究されていて、僕を診に来てくださったことがあるんです。同じ頃エリシャさんも滞在していたのですが、お二人はとても仲がよくて。もしかしてあのときからお付き合いを……?」
「───違う」
ティルトとゼトがきょとんとした顔でこちらを見ました。
私は口をつぐんでうつむきます。
確かに、原作のエリオットはエリシャに恋をしていた。設定上は別に不自然ではありません。
でも、違う。
少なくともエリシャは──
彼女の好きな人は──
数日後、エリオットから手紙が届きました。
『やあ、フラウ。元気にしているかい?
兄上殿がこんなことになって、平気じゃないのはわかってる。ただ、君は昔から無理をしすぎるきらいがあるから……。とにかく倒れたり、倒れそうになっていないならそれでいい。
さて、本題だ。
エリシャ=カトリアーヌ嬢と婚約した。
初めに言っておきたい。
一番驚いたのはこの僕だ。
だって、僕だぞ?
君と同じ根暗で引っ込み思案。華麗にエスコートするどころか君以外の女の子とはろくに口もきけない。次男だから爵位の継承権もない。金持ちでもない。商才もない。文才もない。正味ただの研究オタクでしかない。
そんな僕が社交界の花形、エリシャ=カトリアーヌ嬢に求婚されるだって?
ありえない。
とはいえ、君にシルバスティンへ呼び出されて以来、彼女とはけっこう親しくさせてもらっていてね。ほら、君たちに学院の学生証を融通してあげたりもしただろう?
いつの間にそんなに仲良くなったって?
そりゃ天と地ほども違う彼女と僕だけど、たったひとつだけ共通点がある。
君だ。
僕らは二人とも、君のことが大好きだ。大切に思っている。君のためなら大抵のことはできるくらいにね。
話は変わるが、うちの家とカトリアーヌ家が手を組めば、血族会議を動かせるとは思わないか?
うちの親父殿やカトリアーヌ候は善人じゃない。ノイン殿を救いたいなんてこれっぽっちも思っちゃいないだろう。
だが、このまま皇帝に権力が一極集中することも望んでいない。ノイン殿が処刑されれば、いやでもそういう流れになるだろうからね。
どうすれば自分たちの利益がより大きくなるか……。エリシャ嬢は父親のそういう欲深さを見抜いていた。そこでフィー嬢とアシュリー嬢がフォルセイン王国に向かったことを打ち明け、その結果が出るまでは動かないほうが得策だと耳打ちしたんだ。
問題は、それまで血族会議を引き延ばせるか──
そこで僕らの婚約だ。
婚約を機に《紫苑》と《紺碧》で協定を結び、大勢が決するまで意見を保留する。そして、いざというときは一斉に同意見を出す。こうすれば両家とも安全に、かつ確実に賭けに勝つことができる。うちの親父殿もこの話に乗った。
彼女、なかなか策士だね。
さすがは君の親友だ。本気で惚れちゃうかもしれない。そのほうがいろいろと、踏ん切りもつくだろうしね……。
ま、とにかくそういうことだ。
僕らが全力で時間を稼ぐ。
君の仲間が吉報を持ち帰るまで、ノイン殿を死なせたりしない。絶対に。
──帝都から二人分の愛と友情を込めて
君の友人 エリオット』
……………。
そんなことだろうと思いました。
まったく、愚か者ですね。救いようもないほど。
エリオットも大概ですが特に──
エリシャ。
本当に……本当に……
バカなんじゃないですか⁉
ああ、もう。私も大バカでしたね。どうして気がつかなかったのでしょう。フレイムローズ邸の会議で、エリシャはずっと苦しそうでした。
彼女はあのとき、初めてリオンと対面したのです。なのに一言も口を利かず、目を合わせることすらしませんでした。
……信じられますか?
すぐそこに最愛の推しがいるのに、ですよ。
すでにこの計画を思いついていたのでしょう。そして、私にバレたら全力で止められることもわかっていた。この手紙を自分で書かずエリオットに書かせているあたり、完全に確信犯ですし。
さんざん私に「NO政略結婚」だの「ノイン様への愛はそんなもんか」だの言っておいて……!
「……………………あの、バカ」
覚えておきなさい。
今度会ったら、ぶっ飛ばしてさしあげます。




