134.塔の上の悪役令嬢
シルバスティン城に身を置きながら、私は方々へ手紙を書き送りました。
お兄様の助命嘆願、その協力を呼びかける手紙です。
「ミア、これもお願い」
「かしこまりました。お嬢様」
まずはフレイムローズ家と懇意にしていた大貴族へ。
それから、お茶会や夜会で交流のあった貴婦人と令嬢たちへ。
かつて私の元に届いていた大量の手紙を思い出します。あのときと同じ、いえ、それ以上の数の封筒を抱え、ミアはぱたぱたと階段を往復します。
ひと息ついてペンを置き、動きやすい服装に着替えて中庭に出ました。
「よう。囚われの姫」
木剣で素振りしていたゼトが、私を見て手を止めます。
「……その言い方。やめていただけません?」
「じゃあなんだよ。塔の上のお姫様か?」
ティルト暗殺未遂事件の反省を生かし、シルバスティン城の守りはさらに堅固なものになりました。
その中でもっとも安全な場所──私の滞在する部屋──は、城内でもっとも高い場所。
鋭い塔のてっぺんです。
とはいえ、ずっと閉じこもっているわけではなく、こうして下に降りて中庭で体を動かしたり、会議に出たりしているのですが。
私は無言で木剣を構えました。
「お。もう始めるのか?」
「はい。──お願いします」
ゼトがうなずき、自分の木剣を肩に載せます。
「いいぞ。どこからでもかかってこい」
シルバスティンに到着して間もなく、私はゼトに頼み込んで剣術を習いはじめました。最初は鼻で笑われましたし、ミアにも大反対されましたが。
向いていないのはわかっています。非力ですし、体力もない。運動音痴の箱入り令嬢。
それでも、何もできない自分のままでいたくありませんでした。
誰かに守られるだけじゃない。誰かを守れる自分になりたい。
それに──
体を動かしている間だけは、余計なことを考えずに済みます。
「母上から血族会議の様子が届きました」
先日、ニーナから届いた手紙の内容をティルトが報告してくれました。
謀反を起こした《真紅》と《漆黒》。
その処遇を決めるべく残りの五家で投票が行われ、結果は極刑に賛成が二票、反対が一票、保留が二票。
「保留しているのはカトリアーヌ家とエメル家です」
「彼らがどちらにつくかで決まるということね」
「はい。しかし、《漆黒》の訴えにかなり押されているようです」
これはフレイムローズ家が仕組んだ罠──
ブラックウィンド家はそう主張し、お兄様とアイラの処刑を強く求めています。
身内をも切り捨てて粛清と浄化を推し進めようとする《漆黒》に対し、お兄様を擁護するリオンは厳しい立場に立たされています。
「せめて私がそばにいられたら……」
「そうしたら今頃、貴様はこの世にいないだろうよ」
わかっています。ゼトの指摘は正しい。
だからこそ──悔しいのです。
手紙を送ってから二週間がたちました。
「どうだった?」
部屋に戻ってきたミアは、私に向かって力なく首を振ります。
「今日も届いていないようです」
「………そう」
まだ返事は一通も来ていません。
お兄様から支援を受けていた家ですら、たった一言の挨拶も送ってこない。
いいえ。フレイムローズ家と懇意にしていたからこそ、巻き添えになることを恐れているのでしょう。
これまで築いた私の人脈など言うに及ばず。
友達なんていらない。利用できればそれでいい。かつて私はそんなふうに考えていました。ですから、相手からもそう思われて当然です。
利用価値がなくなれば、捨てられるだけ──
「……………紙とペンを。それから貴族年鑑をお願いできるかしら」
「貴族年鑑、でございますか?」
戸惑いながらも、ミアはさっそく城の図書室から借りてきてくれました。
分厚い年鑑を開き、そこに載っている名前に片っ端から手紙を書いていきます。
とにかく一人でも多くの支援を集める。そのために、できることはすべてやっていくしかありません。
貴族だけではなく、役人、商人、司祭、教授、幅広い有力者に呼びかけます。
ミアや城の侍女たちの力も借り、私たちは手が真っ黒になるまで手紙を書き続けました。
さらに一週間がたったある日。
「お嬢様!」
ミアが満面の笑みで部屋に駆け込んできました。
「手紙がっ……お返事がありました!」
「!」
初めての返信です。
すでに封は開けられていました。毒物を仕込まれる危険があるため、シルバスティンの担当官によって中を検められるのです。
私は震える手で便箋を開きました。
差出人は──
「オーリア……!」
オーリア=ゼイン子爵令嬢。
……お茶会に招かれたのが遠い昔のようです。
彼女の字は震えていました。
両親に隠れて書いたのでしょう。返事を書こうと決意するまでに、どれだけの勇気が必要だったでしょうか。それでも便箋いっぱいに励ましの言葉が綴られています。
『フラウお嬢様。私には何の力もありません。ですが、私はお嬢様の味方です。誰が何と言おうと、私はあなたを信じています』
その言葉が──ほしかった。
何よりもその言葉が。
「……ありがとう。オーリア」
心の底から呟いて、私は手紙を胸に抱きしめました。




