133.これが私の選んだ道です
ふらりと倒れるミアの体をうしろから抱き留めました。
慌てて体を検めます。怪我はありません。失神しただけのようです。
ギィンッ!
鋭い剣戟。
襲撃者と戦っているのはゼトでした。
シルバスティン兵に扮して兜をかぶっていますが、先ほど聞こえた声は間違いなく彼のもの。それに、盾を持っていません。彼は両手で剣を握り、力強い踏み込みと同時に重い一撃を放っています。男は猛攻に押され、じりじりと後退していきます。
押し切れる……!
そう思ったとき、大きくうしろへ跳躍した男が腰に手をやるのが見えました。
「ゼト!」
嫌な予感に叫びます。
ゼトは踏み込みをやめ、剣を鋭く薙ぎました。男が放った投げナイフを危ういところで弾き飛ばします。
追撃に備えて構えますが、男はその間にさらに後退していました。ナイフを投げながら身をひるがえし、森の奥へ走っていきます。
「逃げ、た……?」
ミアを抱きしめて呟きます。
他の襲撃者たちも逃走を始めていました。転がるように森へ駆け戻っていきます。
シルバスティン兵が「うぉぉぉっ‼」と勝鬨を上げました。
「フラウ様、お怪我は!」
衛兵隊長が私の元に駆けつけてきました。
「大丈夫よ。ティルトは?」
「ティルト様もご無事です。フラウ様の馬車を集中的に狙われたようで」
話しているところに、剣を納めながらゼトが戻ってきました。
「二人やられた。あの暗殺者の仕業だ」
「暗殺者?」
「さっき俺とやり合った奴だよ。他の連中は目くらましだ。奴が近づくまでの時間稼ぎだろう」
「………」
暗殺者。
私を、殺すための……。
今になって体がぶるりと震えました。狙われた恐怖もありましたが、一番怖かったのは己の無力さです。
ミアが殺されかけたとき、私は何もできなかった。
「ゼト」
「ん」
「ありがとうございます」
「ああ。言ったろ、これで貸し二個だ」
「はい」
エメル家で足を踏み外したときも彼に救われました。
「あなたは……強いですね」
「ふん、カフラーマ人は草原の民だ。王族だろうが平民だろうが、物心ついたときから戦いと狩りを叩き込まれる。この国でも鍛錬を欠かしたことはない」
得意げに言って、ふと眉をひそめます。
「貴様、本当に大丈夫か?」
「…………ええ」
これが私の選んだ道ですから。
お兄様を助けるため、すでに多くの人を巻き込んだ。彼らを危険に晒すことは最初からわかっていた。
──わかっていた、はずです。
負傷した兵士は幸い命を取り留めました。
麓の施療院に彼らを預け、隊列を組み直し、シルバスティンに向けて再出発します。
馬車が一台燃えてしまったので、ティルトの馬車に私とミアも同乗することになりました。
「捕えた者を尋問しましたが、彼らは金で雇われただけのならず者です。詳しいことも、依頼主の素性も知りませんでした」
落ち着いた口調でティルトが言います。
「ですが、依頼主はおそらく……《漆黒》でしょう」
「ブラックウィンド家が?」
「フラウを今もっとも危険視しているのはあの家ですから」
「………」
──此度の謀反は、アイラ個人がフレイムローズ公に洗脳されて起こしたこと。
それがブラックウィンド家の主張です。アイラに対する擁護が一切なかったと聞いたときは驚きました。
ブラックウィンド家はアイラを切り捨てようとしている。
お兄様を守ろうとする私たちとは正反対に。
『不要なものを切り捨てる』
シルバスティンで覆面姿のアイラが口にした言葉。
『切り捨てなければ手に入らない』
『何ひとつ──残らない』
人間離れした身のこなし。
大男を一瞬で打ち倒す峻烈な技。
その力を得るために、彼女は今まで何を切り捨ててきたのでしょうか。
そして家族によって切り捨てられようとしている今、何を思うのでしょうか……。
「ティルト」
私は自分でも気づかないうちに呟いていました。
「アイラについて調べることはできないかしら……?」
「アイラ? ノイン殿に罪を着せた、あのアイラ=ブラックウィンドですか?」
不思議そうな顔をするティルトに、私はうなずきます。
「彼女のことを知りたいの。いいえ。知らなければならない」
なぜ、皇帝を殺そうとしたのか。
なぜ、お兄様を巻き込んだのか。
理解しようとしても無駄だと思っていました。最後に見た彼女の目は狂っていた。最初から狂っていたのかもしれないとさえ思いました。
でも──違う。
私はそう思いたかったのです。
狂った女が暴走し、お兄様を道連れにしようとしている、と。
彼女を『悪役』にするほうが楽だったからです。
しかし、それではブラックウィンド家と変わりません。
悪役令嬢の座は譲らない。
……そう誓ったではありませんか?
ティルトは私の顔をじっと見つめてから言いました。
「わかりました。城に着いたら適任の者を探しましょう」
道の向こうに麦畑が広がりはじめ、私たちはシルバスティン領へ入りました。




