表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/173

132.急襲されました




 だからあのとき、笑っていたのですね。

 いつも遠くばかり見ていたお母様。

 ぼんやりとして、物憂げで。手を伸ばせば消えてしまいそうで怖かった。

 でも、今はあなたの気持ちがわかります。

 私も同じ。

 お兄様がいなければ生きられない。

 もしお兄様を誰かに殺され、その誰かに復讐を果たす日が来たら、私もきっと笑うでしょう。

 じいはこの手紙を恐れていました。

 ここに書かれているのは──フレイムローズ家の闇。

 前当主アハトが犯した王子殺しと妻殺しの罪。

 お母様がお兄様の手を借り、自分もろとも夫のアハトを葬った事実。



『私はお前の母を殺した。それだけだ』



 お兄様は真実を明かそうとしなかった。

 話せば、アハトから私を守るためにお母様が死んだと知ってしまうから。

 当主の座を奪う目的で殺したのだと、自分ひとりを『悪役』にした。すべての罪と秘密を背負い込んで。

 そうして──

 ずっと私を守ってくださった。



「お嬢様」



 ミアが心配そうに私を見ます。



「……大丈夫よ」



 目元をぬぐい、私は便箋を畳んで封筒にしまいました。

 馬車は峠道を下り始めていました。シルバスティンまでどれくらいでしょう。城に着いたら取り掛からなければならないことがあります。

 はやる気持ちを抑え、ミアが用意してくれた軽食に手をつけようとしたときでした。



「敵襲ーーーーー‼」



 外でシルバスティン兵が叫ぶと同時、馬車が大きく揺れながら止まります。



「なな、な……⁉」



 真っ青な顔で口をぱくぱくさせるミア。私は彼女の肩を抱えて床に伏せました。

 ヒュン、ヒュン、と風を裂く音。

 シルバスティン兵が頭上に盾を掲げ、馬車の周囲を固めるのが見えました。その盾に矢が降り注ぎ、甲高い音を立てます。



「ひゃっ」



 天井に矢が当たる音がして、ミアが肩を震わせます。

 まさか本当に襲撃されるなんて……!



『一番危ないのは道中だな。貴様を殺したいと思っている連中は、シルバスティン城に入る前にケリをつけようとするはずだ』



 出発前にゼトが指摘していたことです。



『選りすぐりの精鋭を連れてきました。フラウに手出しはさせません』



 ティルトはそう言ってくれましたが──



「!」



 再び馬車が大きく揺れました。馬の嘶きとともに上下にバウンドし、今度は左右に振れながらでたらめに動き出します。



「……っ! ……!」



 ミアと一緒に馬車の中でもみくちゃになります。悲鳴を上げることすらできません。

 ようやく揺れが収まると、馬車は斜めに傾いでいました。



「う……」


「お嬢様! も、燃えて……!」



 焦げ臭さが鼻をつきます。

 見上げると、馬車の天井がメラメラと赤く燃えていました。

 油をしみこませた火矢を崖上から撃ち込まれたのでしょう。そのせいで馬が暴走したのです。

 みるみる煙が立ち込め、二人とも咳込みながら馬車の外へ転げ出ました。



「ご無事ですか!」



 すぐにシルバスティン兵が駆けつけてきます。



「お守りします! ここから動きませぬよう!」



 鬨の声が響き渡りました。

 鉈や斧を手にした男たちが次々と周囲の森から現れ、シルバスティン兵とぶつかって斬り合いを始めました。

 襲撃者たちの装備はまちまちで、中には裸同然の者も混ざっています。一方、厚い鎧に身を包んだシルバスティン兵は大きな盾を巧みに使い、攻撃を弾いては反撃に転じています。

 山賊?

 兵隊を引き連れた私たちを狙うなんて──



「……ひ」



 隣のミアが息を呑みました。

 振り向くと、護衛のシルバスティン兵の頭がぐらりと揺れ、地面に崩れ落ちました。

 その奥から男が現れます。

 仕立てのいい服を着た、一見すると貴族風の優男。しかし、その手には血濡れの刃が握られています。

 口の中で急速に広がる痺れ──そして苦み。

 シルバスティンで襲われたときと同じ。

 後ずさろうとした瞬間、足首に激痛が走ってその場に尻もちをつきました。

 ……だめ。足を挫いている。

 逃げられない。



「ミア!」



 とっさに叫びます。



「逃げて!」



 男がゆらりと刃を構えました。

 ミアが震えながら、私をかばうように前に出ます。



「ミア‼」



 ふっ──

 頭上に巨大な影が差しました。

 斬りかかろうとした男が瞬時に刃を跳ね上げます。

 鳴り響く金属音。

 男は半ば吹き飛ばされるように後退し、私たちの前に影が降り立ちました。

 低い、吐き捨てるような呟きとともに。



「……貸し、二個目だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ