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104/173

104.これがあなたの秘密ですね




 シュル、とお仕着せに袖を通します。

 まとめた髪をメイドキャップの中にたくし込み、エプロンの腰ひもを締め、ブーツに足を差し込んで立ち上がりました。

 エメル邸。

 メイドのローザとして、再びここへ戻ってきました。

 門衛はすんなり通してくれましたので、クビになったわけではないようです。

 おそらくですが、フィーが私を閉じ込めたことはごく一部の使用人しか知らないのではないでしょうか。



「あ、おかえりローザ! 休暇は楽しかった?」



 二階ですれ違ったネリも明るく声をかけてくれましたし。



「ええ。とても」


「そっか! よかったねぇ」


「ネリ」


「ん?」


「あなたと一緒に働くのも、とても楽しかったですよ」


「……へ?」



 あっけにとられた顔をするネリに、私はにこりと微笑んでから階段に向かいました。

 ヴィクター卿が戻ってくるまで、もう時間がありません。今から婚約破棄に追い込むほどの証拠を集めるのはほぼ不可能でしょう。

 ですが。

 もし私の仮説が正しいなら──

 可能性はまだゼロではありません。

 三階へ上がってフィーの書斎に忍び込みました。彼女と一緒に入ったことがありますので、物の配置は記憶しております。

 その際、彼女にした質問のひとつ。



『お嬢様には、秘密の隠し場所はありますか?』



 その答えに従い、書棚の本を抜き取って奥に隠されたオルゴールを取り出します。

 蓋を開けるとやわらかな音色が流れました。中には貝殻やきれいな石、そして小さな鍵が入っています。



『私とローザだけの秘密ですよ』



 その鍵を使って机の引き出しを開け、手早く中を検めました。

 孤児院への寄付記録、子供たちの絵……。たいしたものは入っていません。すべて取り出して空になった引き出しをじっと見つめます。

 ──二重底になっていますね。

 ペーパーナイフを使って底板を外すと、そこに探していたものがありました。



「これが……」



 あなたの秘密。

 重要文書を保管するための革製の書類箱。表面にはフレイムローズ家の印章があります。

 震える手で箱を開け、



「………」



 私は深いため息をつきました。

 ……ああ。

 フィーお嬢様。

 やっぱりあなたは。

 私と同じ、大嘘つきですね。






「ローザ……?」



 礼拝から戻ったフィーは、寝室にいる私を見て驚いたように声を上げました。



「帰っていたの?」


「はい、お嬢様。休暇をありがとうございました」



 私はにこやかに一礼します。

 フィーもまた微笑んで、



「少しローザと二人にしてください」



 他の侍女たちに言いました。

 二人だけになると、フィーはすぐさま私の肩を掴みました。



「心配したのよ。あなたがいなくなって」



 私は笑顔を崩さず答えます。



「休日を満喫なさいと言ってくださったのはお嬢様ですよ」


「それは……でも。だって、あなたは!」


「私の手で娯楽室に閉じ込めたつもりだったのに?」


「………」



 ふっとフィーが真顔になりました。

 肩を掴む手に力がこもります。強く押され、私は後ろに下がりました。



「おやめくだ──」


「ローザ。教えて」



 押されるがまま下がり続け、膝裏にベッドが当たって体勢を崩します。



「!」



 ベッドのうえに倒れ込む私を追いかけるように、フィーが覆いかぶさってきました。



「どこへ行っていたの?」



 冷たい囁き。



「誰と会っていたの?」

 


 すれすれの距離で見開かれた《深緑》の瞳。

 以前の私なら困惑のあまり動けなくなっていたかもしれません。

 でも、今は──



「安心してください。お嬢様」



 両腕を上げ、彼女の顔を手のひらでやさしく包みました。

 今になってようやく、あなたの気持ちがわかったような気がいたします。



「私はあなたから、ゼト様を奪ったりしません」




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