102.二人きりって本当ですか?
「フラウお嬢様!」
エメル邸を抜け出して待ち合わせ場所にたどり着くと、侍女のミアが駆け寄ってきました。
「約束の時刻にお見えにならなかったので、お嬢様の身に何かあったのかと……!」
涙ぐむミアをまじまじと見返します。
「お嬢様? 私の顔に何かついていますか?」
「……いいえ。なんでもないわ」
目を逸らし、迎えの馬車に乗り込みます。
このところずっとメイドを演じていたせいで、自分が『お嬢様』と呼ばれることに違和感がある──とは言えませんし。
「心配させて悪かったわ。それより、お兄様には気づかれていない?」
「はい。お嬢様の言いつけどおり『気分がすぐれず、部屋からお出になりたくないご様子』とお伝えしました。きっとお疑いではないと思います」
「だといいけれど」
お兄様は勘の鋭いお方。今夜の晩餐会に出席しなければ、間違いなく私の不在に気づくでしょう。
お会いしたいのはもちろんですが、そういった意味でも無事に脱出できてよかったです。
「到着まで少し休まれては? クッションをご用意しました。お疲れの顔をしてらっしゃいますよ」
「そうね……」
エメル家への潜入後、特にフィーの部屋で寝泊まりするようになってからはまともに眠れていませんでした。今日も監禁されたり脱出したりと忙しかったですし……。
ふかふかのクッションに頭を載せると、ミアが上からブランケットを掛けてくれました。
眠りの淵へ吸い込まれるように一度目を閉じ、ぱちりと開けます。
「どうかなさいました?」
「………」
少し迷ってから、私は思い切って言いました。
「いつもありがとう、ミア。感謝しているわ」
ミアは驚いた顔をして、それからとてもうれしそうに笑いました。
「とんでもありません。お嬢様にお仕えすることが私の喜びです」
小さくうなずいて再び瞼を下ろします。
やはり本物のメイドには……かないませんね……。
フレイムローズ邸に戻った私は、すぐさま今晩の支度に取り掛かりました。
丁寧に湯あみをして、ドレスの着付け、アクセサリー選び、髪のセット、そして化粧。
「この痣はどうなさったのですか?」
「なんでもないわ。ただし念入りに隠してちょうだい」
頬にまだうっすらと残っている痣に、上からぽんぽんと粉を載せてもらいます。
「いかがですか?」
何度か顔の角度を変えてみます。うまく隠れているようですね。
「ええ。これでいいわ」
最後に口紅を塗って仕上げると、メイドのローザの面影はすっかり消え、鏡の中には輝くばかりの公爵令嬢が映っていました。
支度が終わると同時に部屋の扉がノックされました。ミアが応じてドアを開けると、中年のメイドが立っています。
あれは確か──アシュリー付きの?
彼女は何やらミアに耳打ちをしたあと、私に向かって一礼し、そそくさと去っていきました。
「どうかしたの?」
「はい。それが……」
ミアが困ったようにこちらを見ます。
「アシュリー様は晩餐会を欠席されるそうです。それと、リオン様も」
「二人とも?」
「そのようでございます」
「お兄様はいらっしゃるのよね?」
「はい。お館様はご予定通りに」
「………」
待ってください。
ということは──
今宵はお兄様と二人っきり、ということですか?




