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101/173

101.脱出作戦を決行します




 外には心地よい風が吹いていました。

 バルコニーの手すりにつかまって息を吸い込みます。

 さて。どのように脱出しましょうか。

 扉には鍵がかけられ、助けも期待できません。

 おまけにここは屋敷の三階。一階の天井が高くなっているため、実質的な高さは四階相当でしょう。飛び降りれば死か、よくて大怪我。

 身を乗り出して下を覗き込むと、二階のバルコニーが見えました。カーテンを繋いでロープ代わりにすればどうにか降りられそうです。

 少々危険ではありますが、もたもたしているとフィーに感づかれるかもしれませんし──

 そこで、はたと気がつきます。

 カーテン?



「……やってくれましたね」



 カーテンが見当たりません。

 おそらくフィーが外させたのでしょう。ということは、ロープになりそうなものが部屋に残されている可能性も低いでしょうね。

 下がだめとなると──

 隣のバルコニーを見ます。距離はおおよそ四メートルほど。

 外壁にはちょうど足場になりそうなでっぱりがあります。わずか十センチ程度の幅で、足を滑らせれば即真っ逆さまですが。

 怖い?

 いいえ。

 お兄様に会うためならば、怖いものなどありません。

 手すりを乗り越え、狭い足場に降り立ちます。スカートの裾が風にあおられてパタパタと鳴りました。

 ……下は見ないほうがよいでしょうね。一応。

 壁にくっついたまま横向きに移動します。



「!」



 三歩目でわずかにバランスを崩し、隙間に引っかけた手の指に全体重がかかりました。



「んぅぅぅぅっ」



 どうにか耐え、冷や汗をかきながら態勢を立て直します。

 大丈夫。大丈夫。落ち着いて。

 もう一歩。

 もう、一歩。

 あと……少しです。

 息を整え、隣のバルコニーへ手を伸ばそうとしたときでした。



「……おい⁉」



 下から男の叫び声がして。

 驚いた私はあっさりと足を滑らせました。



「あ」



 ───落───ち──────

 ────────────!

 一拍の空白のあと、力強い腕に受け止められます。

 目の前には狼のような鋭い眼。



「何やってる!」



 と、怒鳴りつける声。



「ゼ……ト?」



 私を抱えているのはゼトでした。

 二階のバルコニーにいた彼が、上から落っこちてきた私をキャッチしたようです。先ほど聞こえた叫び声も彼でしょう。

 心臓がバクバクと激しく脈打っていました。床に降ろされ、そのままへたり込みます。



「ありがとうございます。危うく死ぬところでした……」


「心臓が止まるかと思ったぞ! なぜあんなことを⁉」


「あなたの元許婚に聞いてください。あと、あまり大声を出さないで。見つかってしまいます」


「……はぁ?」



 私は小鹿のように震える足で立ち上がりながら言いました。



「ここはあなたの部屋? 一人ですね?」


「ああ」



 ほっと胸をなでおろします。フィーがいたらどうしようかと思いました。



「あいつと何かあったのか?」


「ええ、まあ。ですから私が来たことは、くれぐれも彼女には内密に」


「内密も何も……俺はあいつに近づかない約束になってるだろ」



 顔をしかめてゼトが言います。

 ……そうでした。

 私が無理に焚きつけたせいで、片思いの相手と絶縁状態になったのです。返す言葉が見つからず、私はうつむきました。



「ところで、大丈夫か?」


「はい……。おかげさまで五体満足です」


「いや、そうじゃなく」


「?」



 視線を戻すと、彼のほうも私と同じくらい気まずそうな顔をしていました。



「だから……この間の」


「ああ」



 自分の頬に触れます。



「平気ですよ。腫れもひきましたし」


「その、悪かった」


「……いいえ」



 かぶりを振り、私はそっと打ち明けるように言いました。



「あのとき、あなたは言いましたよね。私は他人を駒のように見る人間だって。……その通りです」



 この世界の住人を──

 お兄様とエリシャ以外の人々を、私は心のどこかで軽んじていました。

 ここは物語の中。彼らは登場人物に過ぎない、と。



「図星をつかれて、動揺したんです。それであんなことを言ってしまいました。あなたが憤慨するのは当然のことです」


「いいや。俺もだ」



 ゼトは苦々しい笑みを浮かべました。



「貴様に卑怯者だと言われて、まさにその通りだと思った。だがそれを認めたくなかった。認めるのが……怖かったんだ」



 沈黙が下ります。

 私たちは顔を見合わせました。



「……お互い様、ですね」


「だな」



 どちらからともなく微笑みます。



「では、そちらの件はおあいこということで。今回はあなたに借りができましたね」


「別に、そんなつもりで助けたわけじゃない」


「いいえ。こういうことはきちんと分けたい性分ですので」



 私は背筋を正すと、お仕着せのスカートをつまみ、その場で一礼しました。



「公爵令嬢の名誉にかけて。この借りは必ずお返しいたします」


「……わかったよ」


「では、そろそろ失礼いたしますね」



 顔を上げ、にこりと笑って付け足します。



「私、本日は休暇ですので」




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