04 使者を送りなさいですわッ
マリー達は帝都を逃れた後は魔領の森近くの寒村に身を潜めていた。だが、帝都から馬車で一日程度の距離なので当然ではあるが、すでにマリー達の動きは捕捉されている。手を出してこないのは勝機がないので監視に留めるよう厳命を受けているからだった。
だが、そんなこっそり監視しなくともマリー達の動きは派手でありしょっちゅう魔領に入っては魔獣やモンスターを仕留めては行商人相手に売り捌いていた。
だがこれはマリーなりのアピールで、私はここにいるぞと言っているのだ。頭を下げにくるのならどうぞいらっしゃいですわという事である。勿論すぐに許してやる気など毛頭ないが対応次第ではしぶしぶと了承してあげてもいいと考えていた。
というのも寒村であるので住まいの小屋は相応に貧相であり、公爵令嬢として育ったマリーとしては論外であった。だが、狭い小屋にはベットが二台連結されておりそれだけで小屋の半分以上を占領していて四人で住まうには明らかに手狭である事は明白だった。だが、それはそれで乙といった風情を乙女としてのマリーは人肌と一緒に感じていた。だがそれは一時の戯れであり生涯を過ごす場所とは考えていなかった。
「まったくまだ役人はこないのかしらですわっ!」
マリーはベッドの上で独りごちた。すでに追放を言い渡されてから半年が過ぎ去っている。そろそろ泣き言を言ってきても良いはずであった。なんなら今から魔獣をつついてこようかとすら思っている。
そんな声に反応するように寝ぼけているのかうわ言と供にマリーの体を這うように重みと熱が伸し掛かる。それを鬱陶しそうに払いのけて立ち上がると外にでた。既に季節は夏になっており火照った体に水精魔法で汗や汚れを洗い流すも生ぬるい風が気持ち悪かった。だがそれは多分にマリーの精神を反映させていた結果だろう。
「まったく!どいつもこいつも私からの恩恵に預かるばかりだと言いますのに、その意識がまったくもって足りていませんわッ!」
そういうとプリプリしながらも暑苦しい小屋の中へ戻っていった。
◆
帝都では今、久方ぶりの平和を皆が満喫していた。街を騒がす者はおらず魔獣やモンスターが襲ってくることもない。だが、これは永遠に続くものでない事は会議室に集まった面子の共通見解であろう。
「それでアイツは今どうしているのじゃ?」
「はっ!魔領近くの寒村で相変わらずの様で御座います」
皆がその報告に不機嫌になるもののやはり人質として、また怠惰に過ごさせる要因として三名の男達に一定の価値はあった事を認めた。
「ふんっ。今の所は大人しくしているようだな。……だがいつ癇癪を起こすか知れたものではない。対策がある者はいないか?」
元々マリーは刹那的に生きる傾向があり公爵令嬢としての教育はほぼ受けていない。そんな時間があれば外で冒険者の真似事をしており、思い立ったらその行動力は凄まじい。『デルフィニウムの花』もそんなおりにマリーが作り上げたパーティであった。
「正攻法では被害が計り知れません。やはり搦め手を使うべきでしょう。実は……以前で御座いますが、あの者が私の息子に強い興味を示していた事がありました」
「ほう。どう使う?」
「はい。篭絡させて取り巻きを排除させましょう。そうすれば後に依存するものは息子だけで御座います。そこからは打てる手もいくらか出てくるのではないでしょうか?」
「……よかろう。やってみせよ」
この場にはいないその息子トールがこの会話を聞いていたら即座に旅に出る支度を始めたであろう。だが不幸にもトールがそれを聞くのは玉座の間から言い渡される勅令としてであった。
◆
馬車に乗って街道を進むトールの表情は浮かない。当然だろう国内随一のお転婆娘であり人間がモンスター化したとも言われて恐れられている天下無双の公爵令嬢を篭絡してこいと無茶ぶりされたのだ。さらにはパーティ要員の排除まで厳命を受けている。
渋るトールに父親はじっとしていれば見目麗しい令嬢なのだから役得であろうと説得するも、そもそもじっとしている事がないのだから前提が狂っていた。
そもそも以前にマリー相手に恐怖体験をしたので先日の王城に呼び出された際にも席を外していたトールである。
「はぁ、いやだなぁ」
いよいよ公爵令嬢がおわす寒村が見えてくると思わずため息を漏らした。村の中に入るとのどかな暮らしなのだろう、すでに畑仕事が終わったのか幾人もの村人たちがそれぞれのコミュニティを形成して談笑している姿がみえる。
その中の1グループに向かってトールは馬を進めた。
「すいませーん。そこのお姉さん!ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」
努めて気さくに振る舞いながら声を掛けた。
「あらあら!なんじゃろうね?」
その雰囲気にあてられてか同じように気さくに村人は返事を返してくれた。掴みは良しだったようである。
「この村にさるご令嬢が居ると伺ってきたのですが場所を教えてもらえないでしょうか?」
「あ……あー。あの人達、ですか」
「ちょっとお兄さん、言いたくはないけど辞めといた方がいいよぉ」
「ねー。まだ若いんだし……」
どうやら村社会に溶け込めていないようで散々な話をあっという間に吸収する事ができたトールである。
「あ、あー。その一応仕事でして……」
「あらそうなんじゃねえ。……ほれ、あそこの先にある小屋がそうじゃ」
指さす先にある小屋では外で男三人がまき割りや炊飯をしている姿が見えた。あの小屋で間違いないであろう、その事を確認したトールは殊更に憂鬱になってきた。