Chapter 9 逃げるんだよ!
ウォルターとハモニカは、せーのでバリケードを破壊し、管理室を飛び出した。
ハモニカは魔法でゾンビを牽制し、近距離戦はウォルターが剣で対応する主従のコンビネーションプレイだ。
廊下を駆け抜け、別荘裏の桟橋につづくドアを開ける。
静かな湖が広がっている。満月の月が水面を照らし、照明なしでも周囲が見えるほどに明るい。虫と鳥の鳴き声が響いている。
「王子、倉庫です」ハモニカは、桟橋の傍にある木製の小屋を指差す。扉は施錠されている。
バタン。背後から扉の開く音がした。
二人が振り返るとゾンビがいる。どのゾンビもパーティーの服装、今夜の惨劇の犠牲者たちだ。彼らは、主君たる王子も、自分たちの世界へ引き込もうと、ウォルターたちへ迫る。
一歩づつ、ゆらりゆらりと向かってきている。
「王子、急いでください!」ハモニカは言った。
ウォルターは鍵を南京錠に挿そうとするが、鍵があわない。
「ハメられた!この鍵は、ボート庫の鍵じゃない」ウォルターは鍵を地面に投げつけた。
「諦めないでください。私たちは帰るんです!」
ハモニカは残り少ない魔力で聖魔法を放ち、ゾンビたちを押し戻す。
が、魔力が少なくなり、次第に押され始めた。
「開いてくれ!」ウォルターが扉に蹴りを入れると、扉ごと倒れてボート庫が開いた。
ウォルターは、急いでボートを引きずって、桟橋に下ろした。
彼は、ボートのオールを武器にして、ゾンビの首を飛ばしながら、ハモニカの救出へ向かう。
オールの先端の鋭い箇所が、ゾンビの首に当たると、面白いように首が飛んで行った。
「ハモニカ、逃げるぞ」ウォルターは、魔力が尽きかけて息切れしていているハモニカへと駆け寄った。
「王子、すみません……」
「いや、お前はよくやった。俺がゾンビを減らす。桟橋へ行くぞ!」
ウォルターがオールを横薙ぎにふると、スパン、スパンとヘリコプターの刃にはねられたように首が飛ぶ。
「もう一回だ!」
ウォルターが、もう一度オールを振ると途中で軽くなった。オールの先端がなくなっており、先はきれいに切断されている。
「うぉうぉるううううたああああ……」
見ると、ウォルターの刺した胸の傷口からライトグリーンの腐った液体を吹き出しながら、虚ろな目で聖剣を握っているブライアントがいた。
「ゆっ許してくれ、ブライアント。お前が、ユリカを殺さなければ……」ウォルターは言った。
「王子、私にここはお任せを。王子はボートでお逃げください!」
ハモニカはワンドを握りしめ、ウォルターとブライアントの間に立った。
「魔力切れ寸前の体で何を言っているんだっ!」
「残った全魔力を使って、聖魔法を撃ち込みます。王子の剣技ではブライアントには勝てません。魔法なら勝負になりますので」
「一緒に逃げるんだ!」
「ブライアントは俊足です。放置すれば追いつかれます。……すぐ桟橋に行きますよ」ハモニカは笑った。
「すまん……」
ウォルターは走り出した。
ウォルターは桟橋にたどり着くと、ボートに乗り込んだ。オールを手に持って、ハモニカがやってきたらすぐ逃げ出せる態勢だ。
彼が空を見上げると、すでに月は山の影に隠れようとしており、夜は明けようとしている。
ボート庫の方で、きらめきが起こり、甲高い音が響く。
ウォルターは唾を飲み込んだ。自然と鼓動がはやくなる。
突如、ボートに衝撃が走る。何かがボートの先端部に飛んできた。
「ひっ!ハモニカっっっっぁ!!!!!」ウォルターは叫んだ。
ボートの先端部に、よく知った人間の頭がきれいに乗っているのだ。
歯をくいしばった顔がそのままで、鮮やかな首の切断面からは血が滲み出ており、ボートにぶつかった際の衝撃で、べちゃりと潰れた肉片が支えとなって、きれいに自立している。
首だけになったハモニカと目があった。首の切断面から垂れる血が、ボートの先端部を床を赤く染めていく。
ハモニカの口元から血をたらりと一筋垂れる、バランスが崩れたのか、ハモニカの生首は、ぽちゃりと水音を立て、湖へと落下した。
ウォルターは何もいわず、いや、何も考えられず、呆然としてオールを漕ぎ始めた。
ボートはゆっくりと、水面に波紋を描きながら進んでいった。
どれほど時間が経ったのだろう。
すでに月は見えなくなり、明るくなっている。振り向くと別荘も小さく見えるだけだ。
ボートはゆっくりと進んでいる。
「「ウォルター王子!!!ご無事ですかあああああ!!!」」
遠くから、人の声が聞こえてくる。
救援隊だ。
別荘の異変を察知して、派遣された部隊だろう。彼らならゾンビに負けることもない。
ウォルターは安堵感に包まれる。
そして、一瞬遅れて、悲しさと寂しさに襲われる。
ユリカ、ハモニカ……愛すべき人々を失った悲しみ。
救援隊のボートは、すぐそばまで近づいている。乗っている人の顔もはっきりと見えるほどだ。
どっと疲れて、ウォルターは、オールを漕ぐのをやめた。そして、湖の水面をながめる。映るのは、青い空と雲、飛んでいる鳥だけだ。
ウォルターはただじっと水面を見つめている。
ぬっと、細い皮膚の腐った手が水面から飛び出し、くさった人間が飛び出る。
ウォルターは、その人間の顔はよく知っていた。
「スピカ・パトリシア!!!!」
スピカの手は、ウォルターの手をがっしりと握る。
ウォルターは抵抗する間もなく、スピカの手にひっぱられ、そのまま湖へと沈んで行った。
〜END〜




