Chapter 8 よく噛んで強いアゴをつくろう!
ゾンビの大きく開けた口は、青年貴族の頭にかじりつく。ゾンビ特有の強靭な咀嚼力で、そのまま頭蓋骨ごと脳みそを喰らう。
1体現れると、30体は現れるのがゾンビである。
玄関前でゾンビの犠牲となり、死体として転がっていた貴族や使用人たちが、ゾンビとして蘇り、動き出した。
1体のゾンビがガラスをぶち破ったのを合図に、次々とゾンビたちがガラスの壁を破って、エントランスになだれ込む。
「ブライアント、なんとかならないか!」ウォルターは言った。
「無理だ、ウォルター。あの数は、対処できない。早く、管理室を開けるんだ!」
ハモニカがドアノブを回転させるが、ドアには鍵がかかっている。
「きゃあああああああ!!!」舞踏会からハイヒールを履いたままだった令嬢が転倒し、そのまま首元をゾンビに噛みつかれる。
「くそっ、くそがああああ!!!」ある貴族は、持っていた木の棒でゾンビの頭を吹き飛ばして抵抗するが、集団で襲われ、なすすべなく五体をそれぞれ別のゾンビに食いちぎられた。
狼に、柔らかい横っ腹を噛みつかれた家畜のように、一人づつゾンビに蹂躙されていく。
「はやく、開けるんだ!!こいつら、どんどん増えやがる!」
管理人室の前のドアでは、ブライアントが王子を守るかたちで、近づくゾンビを斬り殺している。
ハモニカは、ドアノブに攻撃魔法を撃ち込みカギを破壊する。
そして、そのまま王子一行は、管理室へと避難した。
管理室から外につながっているのは、ドアと受付部分のガラス窓があるだけだ。
木棚を持ち上げて、ガラス窓を塞ぐ。ドア部分には、椅子や机を山積みにしてバリケードを作った。
「ほら、飲むんだ」
ウォルターは、水が入ったコップをユリカの口元へ運ぶ。が、憔悴したユリカはうまく水を飲めない。
「んっ、ユリカ。ほら」ウォルターは、自分の口に水を含むと、そのままユリカと唇を合わせ、水を流し込む。
「あっ、んんっ……」ユリカはそのまま水を飲み込んだ。
しばらく寝そべっていたが、少し回復したユリカは、床に倒れたまま言った。
「きっと、スピカ・パトリシアの呪いよ……アタシたちは皆、ここで死ぬんだわ」
「何を弱気なことを言っているんだ。スピカはただのお嬢様だぞ。にわか作りの術式では、ゾンビを多少召喚する程度しかできない」ウォルターは言った。
「……アタシが婚約破棄をしたからよ。ものすごい、怨念を感じるの!」
気丈に見えて、意外と繊細な精神をお持ちのユリカは、スピカがまったく仕掛けていないことを勝手に想像して苦しんでいた。
だが、ホラー映画的には、怨念パワーの方がおもしろいのでスピカは放置しておく。
管理室は、使用人のための部屋なので、照明も薄暗い。
バリケードをつくり終えると、みな、疲れ切って、座り込む。
ハモニカは、いつから保管されているのかわからないボトルを見つけ、生ぬるい水を飲みながら、部屋を見回す。
床に寝そべり、時折、弱音を吐く王子の婚約者ユリカ。
ユリカの手を取って、励ます王子ウォルター。
見つけた缶詰を食べながらも、バリケードをチェックして警戒を怠らない、聖剣使いブライアント。現状、彼が一番の戦力だ。
そして、部屋の隅でじっとしている、この別荘で働くメイド、アクア。
総勢5人が生き残っている。
ハモニカは気を奮い立たせて、通信魔道具や何か役に立つものはないかと、管理室の資料を漁っている。
机の引き出しを開けて物色していると、「ボート収納庫」とラベルが貼られた鍵が出てきた。
「王子、ボート収納庫の鍵が出てきました!どこかにボートがあるはずです」ハモニカは言った。
「アクア、君はここで働いているんだろう?ボートがあるなんて、そんな大切な情報をどうしていってくれなかったんだ!」ウォルターは、アクアを睨みつける。
王子に睨みつけられたというのに、アクアは表情を変えずただ座っているだけだ。
そんな様子に、ハモニカは机の上に置かれていた、使用人の名簿を開いてページをめくっていく。
「アクア……アクア……そんな名前の使用人は、この別荘にはいません!」ハモニカは叫んだ。
「てめえは誰だ!」
ブライアントが真っ先に反応し、聖剣の刃をアクアの頰に当てる。
すると刃の当たった部分がパリパリと剥げ落ちる。
そして、額、鼻、口と覆われていたコーティングのようなものが剥げ落ち、アクアの素顔が現れた。
「……スピカ」ウォルターが呟く。
「ウォルター、危険だ。近くな!」
ブライアントはすばやく行動を起こした。すぐさま、アクアの首を切り落としたのだ。
ごろりとアクアの顔が床を転がる。
「ケケケケケ……」頭だけになったアクアが笑う。
「こいつ、消えろ!」ブライアントが剣を振り下ろしたが、今度は、頭を切り裂くことはなく、アクアは悪霊となって、白い影の姿で部屋中を飛びまわる。
「スピカだわ!スピカがメイドに化けていたのよ。アタシたちははめられたんだわ!」ユリカは叫ぶ。
部屋のなかに暴風が吹き荒れ、調度品が空を飛ぶ。
「お前たちは全員ここで、死ぬんだよおおおお!!!
私から逃げられると思うなああああ!!!!!」
悪霊と化したスピカはそう告げると、部屋から消え、暴風も止んだ。
ウォルターは、通信魔道具のスイッチを入れるが、魔道具は動かない。
留め具を外して、内部を見てみると、鈍器で基盤が破壊されている。スピカの化けたアクアの仕業だ。
「くそっ!やられた!」
ウォルターは、ヘッドホンをテーブルに叩きつけた。
「ボートで脱出しましょう。ここにいるのは危険すぎます」ハモニカは言った。
「スピカの罠よ。アタシは救援隊がくるまでここにいるわ!もう、イヤ!」
ユリカは両手で髪の毛をかき乱して、座り込む。絶対にここから動かないつもりだ。
険悪なムードのまま時間が経つ。バリケードの向こう側では、ゾンビたちのバリケードを引っ掻く音が聞こえてくる。
いつバリケードを突き破ってくるのかというプレッシャーは、残った4人をますます憔悴させていく。
「王子!婚約者の様子がおかしいぜ!」ブライアントは言った。
「ユリカは疲れているんだ。ほおっておいてやってくれ」ウォルターは言った。
「いや、これは疲れなんかじゃねえ。おい、大丈夫か?」ブライアントがユリカの肩に手をかける。
「ぎゅおおおお……」ユリカは、獣の如き声をあげる。
「うああああああ!!!!!」ブライアントは叫んだ。
ユリカの首が180度回転したのだ。
「ケケケケケ……」ユリカは笑う。目は充血し、口からは黄ばんだ液体を垂れ流し、口から見える犬歯は異常にとがっている。
ブライアントは、とっさに手を振り払い、聖剣へ手を伸ばした。
「待て!斬るんじゃない」ウォルターが叫ぶ。
「なら、どうしろってんだ!」ブライアントは言った。
プシュッとユリカの口から、薄汚れて腐った異臭がする黄色い液体が吐き出され、ブライアントの目を潰す。
「うっ!」ブライアントは転倒した。
目を潰されて混乱しているところに、ユリカは首が180度逆向きになったまま、背中を前にして動き出し、ブライアントのすねに噛み付く。
ブチリと鮮血とともに、肉片がえぐられ、すねには型取りされたクッキー生地のように歯型が残っている。傷口からは、骨や脂肪の白色が見える。
「痛ええよおお。くそおおお」ブライアントは当てずっぽうで、聖剣をふりまわした。
「やめろろおおおおおお!!!!ブライアント、ユリカを殺さないでくれえええええ!!!」ウォルターは言った。
だが、ウォルターの願い虚しく、ブライアントの足に噛みついていたユリカの脳天に剣がめり込む。
ユリカは、その醜く変質した顔を震わせると、動かなくなった。
「ブライアント、貴様、私の婚約者をよくも!」ウォルターは言った。
「王子、おやめください!」ハモニカが間に入る。
「邪魔だ!」ウォルターは、ブライアントの心臓に向け、剣を刺した。
ブライアントは、カッと目を開いて、ウォルターを凝視する。まつげには、黄色い液体がべっとりとついて、しずくが垂れている。
「……ウォルター、俺を殺して自分は逃げるつもりか?」ブライアントは呟くと息絶えた。
残り二人。




