Chapter 7 総力戦
隠し部屋で、スピカは叫ぶ。
「ちょっとおおおお!!!話が違うじゃないの!あのレイス・ナイトは、達人じゃないと倒せないって話だったじゃない。若手の騎士に、一撃でやられてるわよ!」
「我も驚いた。しかし、若き聖剣の使い手が相手となれば仕方があるまい。近年の聖剣の性能向上は著しく、以前だったらそこそこのダメージですんだものが、即死となる」
キースは、うんうんと頷いてブライアントの剣技に感心しながら、言った。
「シナリオは、あのレイス・ナイトが話の核だったのよ?レイス・ナイトが恐怖の象徴となって、一人ずつ殺していく。そうだったわよね?
でも、死んじゃった!
モブキャラを何人か殺しただけじゃない。
これじゃ、若き聖剣使いブライナントカの英雄譚になってしまうわよ?」
「代わりとなるアンデットを作ればよかろう。次は、レイス・ドラゴンを用意すればよい」キースは言った。
スピカは、握り締めた両拳をプルプルと震わせ、こめかみに青筋を立てて言った。
「ドラゴンの死体なんて、買うお金ないわよ!
ドラゴンの死体なんて滅多に出回らないし、死体でも、素材として使えるから大人気。超高級素材よ!
そもそも、レイス・ナイトの製作に予算の大半をつぎ込んじゃったのよ?分かってる?」
スピカはキースを睨みつける。
「なら、アンドット・ロードたる我が直々に出れば良い。まだ、未熟な聖剣使いに負けるほど弱くなってはおらん」
「もっとダメよ。キース、あなた自分の立場分かってる?
無駄に頑丈な砦に籠城しているから、みんな、見逃しているだけで、滅ぼそうと思ったら、人間軍が攻め寄せてくるのよ?
王子に手を出したなんてバレたら、魔王軍第4軍は、勇者たちのターゲットにされて、撃滅されちゃうわ。
このゾンビ騒ぎはスピカ・パトリシアが死に際に放った呪いによる事件にしなきゃだめ」
「ならどうするのだ。救援部隊がやってきたら、ゾンビ軍団などひとたまりもないぞ。
ゾンビ軍団が壊滅すれば、これ以上の撮影はできぬ。
そうなれば映画は製作できず、スピカ嬢は無一文で放浪、我は破産する」
「ゾンビ軍団……そうよ、ゾンビ軍団がまだいるじゃない!
ゾンビは基本。ゾンビに始まり、ゾンビに終わると言われるくらい、奥深いアンデットだわ」
スピカはぶつぶつと小声で独り言を始める。
「どうしたというのだ、スピカ嬢。ショックなのは分かるが……」
「キース、私が言うものを用意して!映画はまだはじまったばかりよ」
スピカは意気揚々と、ウィッグをつけ始めた。
物置部屋に籠城を開始して、すでに3時間ほどが経過した。
レイス・ナイトを倒した後は、特にトラブルもなく、皆、黙って座っている。
皆、疲れ切って黙っている。
室内は会話もまばらで、呼吸音が聞こえるばかりだ。
一人の男が、喉に渇きを覚え、水道のところまでいくと蛇口をひねる。
「おい、水がでないぞ」男はそばにいる仲間に向けて言った。
「そんなバカな。さっきまでは、普通に水が出た」
男の仲間が、水道までやってきて、他の蛇口をひねるが出ない。ポタリポタリと水滴が落ちるだけだ。
「ポンプだ。ポンプがやられたんだ。きっと橋が燃えた時に給水施設がやられたんだ」男が叫んだ。
途端に、部屋中に動揺が広がる。
籠城することなど想定していない別荘であるので、物置に備蓄されている食料もわずかであり、その上、水も止まってしまった。
物置に置かれていた小型タンクに水はわずかに入っているが、部屋にこもっている約30人が飲んでしまえばあっという間になくなってしまう。
「この部屋以外にも、生き残りはいるかもしれない。彼らと合流するのはどうだ?」貴族の一人が言った。
同調する者も現れ始め、場の空気は動揺し始める。
「夜が明けたら救助隊が来るはずだ。一晩ここにこもって我慢するんだ」ウォルターが大きな声で言った。
王子であり、リーダーシップのあるウォルターの発言に、動揺はとりあえず収まり、貴族たちは、再び床に座って体力の消耗を防ぐ。
沈黙が続く。が、だんだんと「はあはあ」と荒く息をする者や、床にぐったりと寝そべる者が現れ始めた。
初夏の深夜。
真夏に比べて、まだ涼しいとはいえ、それは窓を開けての話だ。風通しの悪い部屋の窓をすべて、ゾンビ対策のために木材で打ち付けて密閉し、そこまで広くない部屋に大人数が籠もれば、蒸し暑く、息苦しくなる。
「熱中症になる者が現れ始めましたね」ハモニカは言った。
「もやしなボンボンたちも、ここでサウナしてる方が、ゾンビに食われるよりは、ずっとマシだろう」ブライアントは、くたばっている貴族を鼻で笑う。彼もうっすらと汗をかいている。
部屋の外から聞こえる虫たちの鳴き声。ときおり部屋の外から聞こえるゾンビたちが、ドアを引っ掻く音。
それだけが、物置部屋のなかを支配していた。
「おいっ、貴様!私の足を踏んだだろう」壁に背中を預けて、座っていた一人の青年貴族が声を荒らげる。
「ひいっ、申し訳ありません。お許しください」エプロンを着た、メイドが言った。
「わざと踏んだな!こい、躾けてやる!」若い青年貴族は疲れのためか、かなり気がたっており、倉庫に転がっていたほうきを手に取る。このほうきでメイドを殴るつもりだ。
「待てっ!今は団結すべき時だ。王子の御前で、醜態をさらすのは許さん!」争いに気づいたハモニカが、一喝する。
「ふんっ、王子にたかる犬がっ。ツイていたな、メイド」と、青年貴族は舌打ちをして、座った。
「ありがとうございます、ハモニカ様」メイドはハモニカの近くまで来て、言った。
「さっきは、どうしたんだ。いきなり立ち上がって」
「私は、この別荘でメイドをしております、アクアと申します。お伝えしたいことがございます!
1階の管理室には、水と食料、それに通信魔法具があります。それを使えばっ」ハモニカとブライアントは、慌ててアクアの口を押さえたが遅かった。
普通ぐらいのボリュームの話し声であったけれど、静まり返った物置では、部屋の隅までよく聞こえた。
「通信魔法具だって!?それを使えば、夜明けまで待たなくても救援隊を呼べるじゃないか!」
貴族たちは、にわかに騒ぎ出す。
「ゾンビにやられなくても、このままじゃ水分不足で死んじまう!水もあるのか!」
「夜明けまでこのサウナのような部屋にいるなんて、僕たちはもたないぞ!」
贅沢に慣れきった貴族たちだ。水が確保できるとなれば、飲みたいと騒ぎ出す。おまけに、通信手段もあるときた。
希望を目の前にぶら下げられた彼らはとまらない。
「今、もっともしてはならないのは、バラバラに動くことだ!ウォルター様、ご指示をっ!」
ハモニカは、荒ぶった貴族たちを止めることができず、ウォルターに助けを乞う。
「……ウォルター様。アタシもかなり、意識がぼんやりとしてしまっていますわ」
スピカ婚約破棄後、正式に王子の婚約者になったユリカも、ドレスが汚れるのも気にせず、床のうえに寝そべっている。
「ユリカを助けたい。もうすぐタンクの水も尽きる。
このまま夜明けの救助を待っていては、ユリカは死んでしまうかもしれない」
「ウォルター様!今、この部屋は完全に封鎖できています。わざわざ、ゾンビのいる部屋の外へ出る必要はありません」
「別働隊を派遣するのはどうだ?」
「反対です。まともに戦えるのは、私とブライアント、宮廷警察の生き残りだけです。戦力を分散するのは、危険です」ハモニカは言った。
「なら、全員で管理室に行こう!」ウォルターは言った。
「……承知いたしました」王子の命令には逆らえない。ハモニカはしばし黙った後、答えた。
バリケードを解体して、ドアを開けた。
数匹のゾンビ、おそらく、逃げ遅れてゾンビとなった貴族たちがうろついていたが、ブライアントが素早く、首を落とした。
「廊下のゾンビは処理した!急げ!」ブライントが叫ぶ。
するとドアから、生き残りの貴族たちが出てくる。動けるものは、モップや木の棒など、武器になりそうなものを手にしている。
体力のない者は、まだ元気な者に背負ってもらっている。
王子たちは比較的安全な集団の真ん中で移動し、憔悴したユリカは、ウォルター王子自らが背負っている。
一行は、階段までたどり着くと、慌てて2階に下りる。そして、そのまま1階へと下りる。
管理室には普段は来客者に応対する職員が詰めており、広いエントランスのそばにある。
エントランスに出ると、ガラス製玄関ドアの向こうでは、橋はすでに燃え落ちてしまっており、多少の残り火がくすぶっているのが見えた。
「へっ、ゾンビっていっても、10体もいなかったじゃねえか。拍子抜けだよ。ビビって、物置に閉じこもっていたのが馬鹿らしいぜ」
イキった青年貴族の一人が、仲間に強がるためか、これがみよしに言った。
「このまま、管理室で夜食を食べながら、夜明けの救援隊を待とうじゃないか。帰ったら、ゾンビ騒動の生き残り武勇伝で、箔がついて親父も喜ぶぜ」
彼は、ガラス越しに外の様子を覗き込むと、そのまま振り返ってガラスの壁に背中を預けた。
「……おっ、おい!」仲間の貴族が、口をパクパクとさせて、外を指差す。
「なんだよっ、あうああああああああ!!!!!」青年貴族が振り返るとそこには、ゾンビがいた。
ガラス越しにゾンビと青年貴族の目が合った。
バリイイ、とガラスが破られた。




