Chapter 6 別荘夏の陣〜籠城編〜
ウォルター王子たちは、3階へ向かうべく階段を上る。途中にあるのは、コール刑事ゾンビが歩きながら垂らした血痕だけで、他には何もない。拍子抜けだ。
何事もなく3階へたどり着いたウォルターたちは、一番頑丈なつくりをしている倉庫へ逃げ込んだ。
この倉庫は、非常時のための物資と、歴代の別荘の使用者が残した、捨てるには惜しいガラクタが仕舞っている。
別荘にこっそりつくった隠し部屋から、映像魔法を利用して、スピカはウォルターたちの様子を観察している。
「よしっ!作戦通り!」スピカは言った。
「準備は既にできている。このアンデット・ロードたる我が、直々に作ったレイス・ナイトだ。
世が世なら、我がレイス・ナイトを雑用に使うのはありえない。ありがたいと思え」同じく、映像を見ているキースが言った。
「あなたも私も、追い込まれてるから、こんな低予算で映画を作っていますのよ?ご自分の立場を考えてください」
「うるさい!我だって、昔は、そこそこ羽振りがよかったのだ。そんなことより、早く撮影を再開しろ!」
「それじゃ、予算のほとんどをつぎ込んだ、びっくりどっきりレイス・ナイトのご登場よ!
ポチっと、ですわ!」
本当は呪文で良いのだが、スピカは、自分の趣味のためにわざわざつくらせた起動用スイッチを押した。
三階の物置部屋に逃げ込んだ王子たち一行は、乱暴に扉を締め、鍵をかける。
誰も口を聞かず、険悪な雰囲気だ。
「一体、あれはなんなのよ!」ユリカは叫ぶ。
「見れば分かる。ゾンビだ」ウォルターが、言った。
「そんなの知っているわ!でも、ここはダンジョンじゃないのよ?どうしていきなりゾンビが現れたの!」
「……私の予想ですが、古代の禁術でしょう。
スピカの実家パトリシア家は、今は政治を生業とした家ですが、かつては魔術師を家業としていました。
彼女は家に伝わる禁術により、自らをゾンビ化することで復讐しようとしたのでしょう」ハモニカは答えた。
さすが、王子の側近を務める男、ハモニカ!
スピカも知らなかったパトリシア家のびっくり設定を引っ張ってきた。こいつ、パトリシア家マニアか?
とにかく、スピカがゴリ押しで登場させた呪文に、裏付けをしてくれる。
「スピカ……あいつめ!死してなお、俺を困らせるのか?」ウォルターが言った。
「ウォルター様、ここは冷静なご判断を。ここを脱出してから、パトリシア家への処分を決めればよいのです。まずは、ゾンビへの対策を」
「そうだな、ハモニカの言う通りだ。大型の家具は窓を塞ぐのに使え!小さなものは、バラして補強のための木材として使うんだ!」
物置のなかには、タンスやテーブルなどが、ほこりを被って置かれている。生き残りの者たちは、先ほどの青年貴族がゾンビに喰われていたショックが大きいのか、普段の優雅な振る舞いなど投げ捨て、慌てて窓を塞ぎ始めた。
カーン、カーンと慣れないハンマーで釘を打ち付ける音が聞こえる。
「よしっ、これで全部の窓は塞いだ。ゾンビが襲いかかってきても、持ちこたえられる」
想定したよりも、すんなりとまとまってチームワークを発揮するウォルターたちに、映像を見ていたスピカは驚いた。が、ふふふ……と思わず笑みをこぼす。
「やっておしまい!レイス・ナイトよ!せいぜい、抵抗するがいいわ!」
ゾンビの襲撃は当分防御できると判断したウォルターたちは、休憩していた。床に寝そべる者や、配られた食料を食べている者など、それぞれだ。
「このまま、救助が来るのを待ちましょう。今頃、救助隊が編成されています」ハモニカが言った。
「そうだな。部屋の外には、ゾンビがどれだけいるのか分からない。ここが安全だ」ウォルターは、ユリカが入れた紅茶をゆっくりと飲みながら答えた。
ウォルターは疲れているようで、自分の背中を壁に預けて目を閉じる。
カチャ……カチャ……
何か金属音が、聞こえた。
「おい、ハモニカ。鎧を装備している者でもいるのか?」ウォルターは、同じく疲労困憊という様子で座っている、ハモニカへ声をかけた。
「いえ、そんな重装備をして王子主催のパーティーへ参上する愚か者なんていませんよ」ハモニカは、言った。
カチャ……カチャ……
相変わらず、金属音が聞こえてくる。
「金属はあそこに置かれている装飾品だけですね」
部屋の一角に、フルプレート騎士の置物がある。城や貴族の邸宅に、わりあい置かれており、見た目重視の、とうてい実用には耐えない飾りだ。
この部屋に置かれている置物も、3メートル程度の背丈がないと着用できない、そんな人間などいないので飾りだ。背中には、これまた2メートル以上ある大剣が背負われている。
雅な雰囲気の別荘にはふさわしくないので、きっと倉庫にしまわれたのだろう。
この際、使える部分は、ないかとじっくりとウォルターは、鎧を観察していた。
一瞬、メットのバイザーから赤い光が見えた。
見間違えかと思ったが、その赤い光は、消えてしまうどころか、輝きを増している。
同じく異変に気付いたハモニカは、慌ててウォルターを守るように前に出る。
「皆、その鎧から離れろ!!」ウォルターは叫ぶ。
鎧の近くで、ぐったりとして床に座り込んでいた者たちは、きょとんとして、指示の意味を理解できていない。
不思議な顔をして、数名がゆっくりと立ち上がった。
ブン……
空を斬る音がする。
「へっ……」言葉にならない声が、誰かから挙がり、鎧の近くにいた人たちの胴体は、上下に切断された。
「きゃあああああああ!!!!!」ユリカの絶叫が部屋に響き渡った。
そのころ別室では、レイス・ナイト君の大活躍に、スピカとキースは溜飲を下げていた。
「よっっしゃああ!!やりましたわよおお!!!」スピカはガッツポーズだ。
ここまでグダグダ展開が続いたが、やっとホラー映画らしい画が撮れてスピカは、喜び飛び跳ね回る。
スピカを追放したウォルターたちが、大パニックになっているのもポイントが高い。
「うむ。我が手をかけた甲斐があったものよ」
キースも満足げに、映像を見る。最近、アンデット族は聖魔法の発展により、人間に負けてばかりなので溜飲が下がった。
突如動き出した全身鎧は、周囲にいた人々を斬り殺すと、あたりを観察するように、ゆっくりと動き出した。
ウォルターは、ユリカを自分の後ろに下がらせて、自分は剣を抜く。
自分の倍はあろうと思われる化け物を前にして、身体は震え、剣先も揺れている。
「王子、ここはお下がりください。私にお任せをっ!」
ハモニカは、ウォルターの前に手を伸ばして制止する。
「断る。あの化け物相手に、一人で戦うなど無謀だ。お前に任せて負けたなら、俺一人で戦う羽目になるんだぞ」
ウォルターの言葉を聞いて、しぶしぶハモニカはウォルターの横に立った。
ハモニカも、己の武器であるワンドをベルトから抜いて、戦闘態勢を整える。
「セイント・フラッシュ!!」
ハモニカは、対アンデット用の聖魔法を唱えた。
ワンドの先から、光が飛び出し、レイス・ナイトをつらぬく。……はずであったが、光は鎧によって反射してしまった。
魔王軍の幹部であるキースが何度も重ね塗りしたアンチ聖魔法コーティングによるものだとは、ハモニカたちは知らない。
「なんてレイス・ナイトだっ!私の魔法を防ぐなんてっ」ハモニカはワンドを握りしめたまま、言った。
「……対魔法防御まで、用意しているとは、ご苦労なことだ。だが、もう関係なくなった!」
逃げ惑う人混みから、一人の男が飛び出す。
レイス・ナイトは、飛び出してきた男に向け、大剣を振り下ろした。
男は、大剣の動きを見切っているようで、最小限の横移動だけで、大剣を回避し、そのまま、腰に装備した剣を抜く。
平均的な長さの剣であるが、光のオーラをまとっている。
「デカブツは動きがのろい!」
レイス・ナイトは、剣を捨て、大ぶりに殴りかかるが、男はひょいと躱し、レイス・ナイトの懐へ飛び込んだ。
そして、メットバイザーの隙間へと、剣を差し込んだ。
「グオオオオオオオオ!!!!」レイス・ナイトは男を振りほどこうとする。
「もうひと押し!」男はグイッと剣を押し込んだ。
ガチリと何かが割れる音がした。
バイザーの奥に見えた赤い光が消え、レイス・ナイトは膝をつく。すると鎧はバラバラとなって、床に散らばった。
「ウォルター王子!久しぶりだ」
男は鎧から剣を抜き、言った。
「おお、ブライアントじゃないか。お前もパーティーに来ていたのか?」ウォルターは言った。
「親父から、王子を警護するように命じられたんでね。まさか、ゾンビ祭りに邪魔することになろうとは思わなかったぜ」ブライアントは忌々しげに、床に散らばった、レイス・ナイトの鎧を蹴飛ばしながら言った。
「だが、お前がいれば安心だ。なんたって、聖剣の使い手なんだからな」
「任しとけ。ただ、王都に帰ったら、報酬として、飲み代のツケを払ってくれよ」
ウォルターとブライアントは、握手をして、笑った。




