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Chapter 5 強キャラは2度刺す

スピカが呼ぶと、ホールに転がっていた死体がむくりと立ち上がる。

ゆらりゆらりと血まみれで、不自然な青みがかった肌に、崩れた皮膚、ゾンビ化したコール刑事だ。


「この別荘は3階建で、小さな洋館です。脱出口の橋が、崩壊して、一階は逃げ惑う人で大パニックです。そこにゾンビとなったコール刑事を放ちましょう」スピカは言った。

「全体攻撃をかけなくて良いのか?せっかくのチャンスなんだぞ?」キースは首をかしげる。

「この、クソ骸骨!アホたれ!ここは殺し合いの場じゃないんだよ!ホラーという戦場なの!

いきなり皆殺しなんてしたら、つまらない。

ほら、もっと悪感情を吸い取る悪魔の気持ちになりなさい!もっと恐怖を煽るのよ!」

「……アンデッドは、悪魔とは別物なのだが」

「やかましい!」


ホラー映画の腰を折るようなキースの発言は、スピカの逆鱗に触れる。

アンデッド・ロードたるキースも、スピカの怒りに押され、その骸骨の奥に光る赤い目は、右往左往する。







別荘の所有者であり、パーティーの主催者である、グランツ王国第一王子、ウォルター・グランツは、視界の先で、炎上し、崩れ落ちる橋を見て、苦虫を噛み潰していた。


「くそっ!アシ伯爵めっ!役に立たないボンボンだとは思っていたが、ここまでとは。ヤツを招待するのではなかった!」

「落ち着いてください、王子。死んだ者に恨み言を述べている場合ではありません。まずは、安全を確保しましょう」王子の側近であるハモニカが、ウォルターを諌める。


ハモニカは、屋敷の見取り図をふところから取り出した。


「ハモニカ、準備が良いな」

「王子の護衛役たるもの、王子が宿泊される建物の構造を知っておくのは当然です。

3階の物置に避難するのが良いかもしれません……幸い給水管も通ってありますので、籠城も可能です。朝まで持ち堪えれば救援もやってくるでしょう」

「それじゃ、3階に行くか」

「ねえ、ウォルター様?あれを見て?」ウォルターの側にいたユリカが、階段の方向を指差す。


ギシ……ギシ……


ゆっくりと聞こえる異音に、先ほどまで、逃げられないと騒いでいた青年貴族たちも急に静かになり、階段の方を見る。


ギシ……ギシ……

 

階段の床が軋む音がする。踊り場に、人影が見える。人影はその姿を現した。


「グオオオオオオ!!!!」血に濡れたスーツを着たゾンビが叫ぶ。

「キャアアアアア!コール刑事だわ!!!ウォルター様、助けて!」ユリカは、ウォルターの手を掴む。

「落ち着け、ユリカ。誰か、勇気のある者はいないか?このゾンビを討ち取ったものには、褒賞を出すぞ!」ウォルターは群衆に向けて言った。

「王子!志願いたします!」大柄な青年貴族が名乗り出た。

「おお、頼もしいぞ」

「はっ、必ずや王子の期待に応えてみせます」青年貴族は王子に一礼すると、壁に装飾品としてかかっていた大剣を取って、ゾンビへ立ち向かう。


「へっ、戦場帰りの俺は知っているんだぞ。ゾンビなんて、大したことはねえ。

聖魔法なんて使わなくても、この剣でバラバラにしちまえばいい。

戦場じゃ、ゾンビなんて、ゆっくりと動いているだけで、ただの的なんだからな。雑魚モンスターだ」


青年貴族は、余裕たっぷりに、群衆に聞こえるように解説しながら、剣を抜いて、一段ずつゆっくりと階段を降りるゾンビを、待ち受ける。


「うおおおお!!」


青年貴族は、ゾンビに向けて走り出し、剣を振り下ろし、反撃を受けないようにすぐさま後退する。

ボトリとゾンビの左腕は、肩から斬り落とされた。

階段を転がり落ちた左腕は、ミミズのかたまりのように、うねうねと蠢いている。

ゾンビは、言葉にならないうめき声をあげるが、動作は緩慢だ。


「次はこうだ!」


青年貴族は、再び同じ手順で、ゾンビの右腕も斬り落とした。


「こうやって、両腕を斬り落とした後は、ただの動きの遅いモンスターだ。

噛みつきにさえ気をつけていればいい!」


群衆へのゾンビ対策講義に、青年貴族は気分良く解説する。

群衆からは「おおお」と感心したのか、それとも良い見世物をみたという感想か、声があがった。

観客たちの反応に満足した彼は、ちらりと後ろを向いて、ゾンビの様子を確認するが、まだゾンビはゆっくりと階段を下りており、玄関ロビーにやってくるまでは時間がある。


「最後は、このゾンビの首をはねるだけ。

集団なら手強いが、単独のゾンビを恐れることはない。

今から階段を下りてきたゾンビを倒して、手本を見せ……「「きゃあああああ!!!!」」


突如、群衆から悲鳴があがる。

青年貴族は、何事かと振り向くと、ゾンビが猛ダッシュで走ってきて、ちょうど彼の鼻先にゾンビの顔が迫る。

ゾンビの青い肌。コール刑事だったゾンビの顔には、眼球が失われ、眼窩には暗闇が広がっている。半分開いた口からは、よだれと腐りった歯茎に支えられた歯がよく見えた。


「しまっ……ぐっ!」青年貴族は一瞬、驚いたが、すぐさま反撃をしようとする。


が、その時、眼窩の暗闇の奥から、脳漿が吹き出て、青年貴族の視界を塞いだ。


「この程度っ!」すぐさま目元を拭った彼の視界には、口を大きく開けたゾンビの顔がアップで映し出された。


「ぐぎゃあああああああ………」彼は、首元に鋭い痛みを感じた。






ウォルターとハモニカは、互いに視線を合わせると行動を開始した。


「彼の勇気ある犠牲を無駄にするな!私に続け!三階に逃げるぞ!」ウォルターが叫んだ。


ハモニカは、ウォルターとユリカを守りながら、瀕死の青年貴族の首元を、べっとりと顔面を血だらけにして貪っているゾンビの横を駆け抜ける。

他の貴族たちも、その様子を見て、ゾンビが食事に夢中になっている隙に階段をのぼる。

 

ウォルターたちは、階段での、ゾンビとの遭遇を覚悟しながら、階段を駆け上った。



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