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35)王太子妃グレースの覚悟とアレキサンダーの裁き

 時間稼ぎを狙ったロバートの言葉に、グレースは顔をあげた。

「いいえ。私は大丈夫ですわ。ロバート、体調を気づかってくれたことには礼を言います」


先ほどまで青ざめていたグレースが、決然と顔をあげ、三人を見ていた。

「あなた達、情けないとは思わないの。小さなローズに嫌がらせをして、他の者を焚きつけて、私の夫の顔に泥を塗り、アスティングス家にも泥を塗り、さんざんなことを仕出かしたのに、恩情を与えてくださろうとするアレキサンダー様のお気持ちを察することもなく、詫びの一つも言えないなど、本当に情けない」


 西の館の主、王太子妃としてのグレースの言葉に、三人が顔を見合わせた。

「あなた方に嫌がらせをされていたローズは、処罰されたら可哀そうだと言って、あなた方の名をあげませんでした。ローズの優しさに免じて、アレキサンダー様は恩情を与えようとお気遣い下さいました。あなた方のためにサラは頭を下げ、何を仕出かしたか説明し、ロバートが何度も詫びるようにあなた方に促したのに、どういうことですか。あなた方、自らを顧み、いかに醜く情けない行いをしているか、反省なさい」


 それは、グレースの王太子妃としての威厳のある姿だった。


「そんな、グレース様」

三人が口々に泣き言を言い始め、グレースへ許しを請う言葉を口にした。ローズへの謝罪は一切ない。その様子に、グレースは厳しい表情を変えなかった。


「あなたたち、詫びる相手が違います。それに、自分達の処罰の話になってからのその態度、その詫びなど己の保身のためでしょう。詫びる気持ちがあなたたちのどこにあるというのです。少なくとも私には微塵も感じられません。アレキサンダー様、どうか、三人に厳しい処罰をよろしくお願いいたします」


 三人は泣き叫び、今度はアレキサンダーへ、慈悲を請うが、相変わらずローズへの詫びは一言もない。侯爵家に仕える侍女ともなると気位が高い。孤児のローズを見下しているのだろう。この分では、王太子宮に残せば同じことを繰り返すに違いない。


高位貴族や王家へ仕える侍女は、教養と品性と作法が備わり、そのうえで仕事ができて当然とされる。まだ若い三人にそれら全てを求めるのは無理だが、性根を叩きなおすことは困難だ。喚き散らす甲高い声が耳障りなことこの上ない。


「黙らせろ」

アレキサンダーの言葉に、三人に猿轡がかまされた。それでもまだ、何か喚いているが、随分と静かになった。


「ロバート、法に基づいた処罰は、慣例ではどうなっている」

アレキサンダーの言葉にロバートが答えた。

「法律家ではございませんので詳細はご容赦願います。ご参考までに慣例を申し上げます。最も慈悲あるご処置でも、王太子宮からの解雇追放です。そのあと、アスティングス家が身元を引き受けるか、ご家族の元に戻られるかは、アスティングス家やご家族の問題です」


 王太子宮から不始末で追放された侍女の身元を引き受ける貴族も、家族もいないだろう。露頭に迷い、妙なことをされても迷惑だ。余計なことをしゃべらないように、舌を抜くか、喉を潰せば問題はない。

「半ばは」

「王都からの追放、あるいは国外追放です」


 奴隷制度があるミハダルとの境に追放すれば、人攫いの餌食となるだろう。二度とライティーザに戻ることはない。北のウィルザとの境となっている山脈に真冬に追放する手もある。春になれば結果が雪の中から見つかるだけだ。


「では、最も厳しいものでは」

「アレキサンダー様、王太子であるあなた様への嫌がらせと等しい行為です。申し上げるまでもございません。相当以前より、繰り返していたようですし、ローズへの詫びも一切ございませんから、反省も無い。不敬罪に対して、罰として何が適応されるかなど、申し上げるまでもないことです。血縁者の連座も稀ではございません」


 淡々と言葉を紡ぐロバートだが、その片手がローズの口をふさいでいる。空いている方の手がそっと首を撫でた。その意味することは死罪だ。

「まぁ、そうなるだろうな」

ローズが何か言おうとしているが、ロバートは手を外そうとしない。大方、可哀そうだとか何とか言っているのだろうが、嫌がらせをされていた当人がなぜ、三人をかばうのか、アレキサンダーには理解できない。


「痛っ」

ロバートが突然、ローズの口を覆っていた手を離した。

「ローズ、噛みつかなくてもよいでしょう」

「だって、可哀そうだもの、そんな、追放って、不敬罪って」

「罪を犯したものは処罰を受けるのです」

「でも、可哀そうよ。追放されたら、道端の花となり春を売り、誰かに手折られてしまうわ。かわいそうよ」

庭が静まり返った。全員の視線がローズに向けられた。


「ローズ、あなた、意味を分かって言っていますか」

ロバートの言葉は、全員の気持ちを代弁していた。

「あの、ロバート、ちょっと耳をかしてほしいの」

頬を染め、耳まで赤くなったローズがロバートの袖を引っ張った。しゃがんだロバートの耳に口を寄せ、ローズが囁いた。


「そのとおりですね。まさかあなたがそんなことまで理解しているとは思いませんでした。ちなみに、誰に教わりました」

「高級娼館の綺麗どころのお姉さん達」

今度はロバートに視線が集中した。

「高級娼館の綺麗どころのお姉さんたちは、孤児院の刺繍のハンカチとかポプリのお得意様なの。お姉さんたちが、あなた、何にも知らなそうで、危ないから教えてあげるわって、教えてくれたの」


「そうですか」

無表情に淡々と答えるロバートの胸中はどんなものだろうか。思わず想像したアレキサンダーの横で、グレースが小さく笑ったのが聞こえた。見ると、顔色もずいぶんと良くなり、先ほどの硬い表情が和らいでいた。


 確かに、自覚なくロバートを振り回すローズと、振り回されているロバートの会話は滑稽だ。


「それに、教会の産院で子供を産む人にもそういう人はいるし、病気になったり、早く死んでしまう人も多いから、救護院にも沢山いるの」

ローズの言葉に、三人が青ざめた。

「ローズ、君はなぜ、救護院のことなど知っている」

「シスターと一緒にお手伝いに行きました。人手は常に足りないところですので」


ローズの言葉に、アレキサンダーは一つ思いついた。丁度良く監視役もつけることができるだろう。


「グレース、私としては、慣例通り、この三人の処罰には、どんな恩情を与えようとも王都追放は避けられないと思う。国外追放であってもしかるべきだ。ところが、肝心のローズが、可哀そうだと言って、追放を受け入れそうにもない。この三人にさんざん嫌がらせを受けたローズが、この三人を思って、また心を痛めるというのでは、まるで罰を受けるのがローズであるかのようだ。それではローズが可哀そうだろう」

「えぇ」

グレースがほほ笑み、アレキサンダーに続きを促した。

「この三人に、あなたの慈善事業の手伝いをさせてはどうかな。王都にもいくつか救護院があるが、どれも人手など足りていないだろう。そこに、手伝いにやるというのはどうだ。追放で、道端の花となり、野垂れ死ぬのは当然のはずだが、ローズがかわいそうだというのでは、仕方ない」

アレキサンダーの言葉に、グレースは笑顔を見せてくれた。

「まあ、アレキサンダー。嫌がらせなどという素行の悪さを示したあの者たちが、そのような善行で、行動を改める機会をいただきありがとうございます。慈悲深いお裁き、感謝いたしますわ。聖アリア様のお導きのもとで善行を積ませるというのは素晴らしいご提案です」

 追放よりはましだと、グレースも感じてくれたらしい。

「よろしければ、大司祭様のおられる聖アリア大聖堂に併設の救護院にぜひお願いしますわ。よくよく事情をお話しすれば、三人が心根を悔い改めるようにご尽力下さるでしょう」

 グレースがほほ笑んだ。大司祭は、ローズを聖女に違いないと最初にいった男だ。聖職者たちのなかでも、大司祭に立場が近いものほど、ローズに恭しい態度をとる。たしかに、あの大司祭であれば、三人がローズの悪口を吹き込んだところで、意に介さないだろう。ローズ自身が度重なる嫌がらせを受けたにもかかわらず、追放となる三人を憐れみ、アレキサンダーの恩情を願ったことも教えておけば、ますます大司祭はローズを慈悲深いと評し、聖女の再来とたたえるだろう。

「寛大な処罰に、心より感謝いたしますわ」

 グレースは、アスティングス家から彼女らを連れてきた当人であり、女性が住まう西の館の主でもある。グレースの言葉で処罰は決定となった。


 猿轡をかまされたまま、三人が引き立てられていった。何か言おうとしているが、あの形相では反省などしていないだろう。道端の花となり野辺送りとなっては哀れという、ローズの優しさもわからない者は、王太子宮には不要だ。ローズへの嫌がらせが過激になり、ローズが怪我をさせられたり大きな問題が生じる前だったことを、不幸中の幸いとするしかないだろう。


第二章 幕間 後見人(新米)は、謎の言葉「テレンテ・クダ」を口にする少女に振り回される、面倒見のよい世話係(熟練)に、(一応は)同情する


のときに、ローズは、「高級娼館の綺麗どころのお姉さんたち」と親しいことを、きちんと口にしていまるのですが。

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