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34)弁明の機会

 アレキサンダーは溜息を吐いた。


 父、アルフレッドが喜ぶ理由を、ロバートは何故察しないのだろうか。アリア、あなたの息子のロバートは優秀だが、どうして時々どうしようもないのか。母であるアリア、あなたのリボンだ。ロバートが、ちょっと可愛がっている程度の娘に贈るわけがないことくらい、どうして自ら察しないのか。


「ロバートは、とっても賢いのに、時々とっても残念だわ」

「ローズは得手不得手が極端ですから」

ローズとロバートの互いへの評価は適切だ。問題は、それが自分自身にも当てはまることをわかっていないことだ。


 ロバートは常に自分の感情を抑え込む。いい加減、自分の感情を自覚し、言葉にできるようになってほしい。アレキサンダーの我儘が、アレキサンダーも知らぬ間に、ロバートから心のままに振舞うことを奪っていたという罪悪感があった。今更、ロバートに心のままに振舞えといっても、結局はアレキサンダー自身の我儘だと、思わないでもない。


 月が照らす墓場で、アリアの墓に縋るロバートを見た時、アレキサンダーは、ロバートを詰ったことを後悔した。それだけではない、アリアとの別れをロバートから奪ったことを悔いた。

 アリアの葬式で、アレキサンダーは、亡くなったアリアの遺体に縋り、棺に縋り、号泣した。アレキサンダーを宥めたロバートは、涙一つ流さなかった。葬式が終わり、招待客が去った後、若い司祭はロバートを抱きしめ、何か語り掛けていた。その時ですら、アレキサンダーは、ロバートの心の内を思いやることができなかった。ただ、詰った。ロバートは何も言わなかった。


 誰もいない夜の墓場ですら、ロバートは声を抑え、嗚咽を漏らすだけだった。風が運んできた「かあさま」という微かな声に、幼い頃の記憶がよみがえり愕然とした。


 ロバートも、アリアに甘えたかったはずだ。抱きしめてほしかったはずだ。ロバートは、アリアに甘えるアレキサンダーの近くに控えていた。アリアは、アレキサンダーに優しい言葉をかけ、背負い、抱きしめてくれた。アレキサンダーは好きなだけアリアに甘え、満足するとロバートを連れ、その場を去った。あの頃、ロバートの胸の内など思いやることはなかった。アリアが何を思っていたのかも考えもしなかった。あの頃のアレキサンダーにとって、母親と死に別れた王子である自分が、乳母のアリアに一番愛されるのは当然のことだった。


 母親を失ったアレキサンダー自身が、ロバートから母親を奪ったことに、月に照らされた墓場で、気づいた。アリアが亡くなったあとだ。気づいたところで、最早どうしようもなく、心底後悔した。


 アリアは優しかった。ロバートを無理やり遠ざけないでも、アレキサンダーとロバートの二人を一緒に可愛がってくれたはずだ。


 葬式の翌朝、何事もなかったように振舞うロバートに、詰ったことを詫びることができなかった。その直後の悲劇から、屋敷での穏やかな日々は失われ、二度と戻ってこなかった。


 アレキサンダー自身、あの日のことには素直になれず、いまだに詫びていない。今更、ロバートに素直になれと、言っても無理なのだろうか。 


 ローズをそっと片腕で抱いたままのロバートと目が合った。


 ロバートは、三人に、侍女頭のサラに頭を下げさせていることを、指摘した。サラも、自身が詫びることで、三人にその罪を自覚させようとした。それでも三人は謝罪の一言もなく突っ立っている。これでは恩情の与えようもない。アスティングス侯爵から、賞罰に関しての言質をとっているとはいえ、厳罰を与えることは避けたかった。


 アレキサンダーの傍らでは、グレースが青ざめていた。その視線の先には、三人の若い侍女がいる。実家から連れてきた三人の失態に、衝撃を受けたのだろう。そっとその肩を抱いた。


 三人を裁かねばならない。王太子が後見人であるローズへの嫌がらせである。王家への侮辱、不敬として裁けば、当然だが彼女らの家族までもが処罰の対象となる。


 グレースの侍女やその家族をそのような目に遭わせて、グレースを悲しませたくはない。ローズも罰を望んでいない。本人達が謝罪することで恩情を与え、罰を軽減してやる予定だった。思っていたようにはいかないらしい。


「侍女頭のサラが、あのように詫びておられます。あなた方三人は、何かおっしゃることはありませんか」


アレキサンダーの沈黙の意味を察したように、ロバートがもう一度、三人を促した。前よりも、直接的な表現だが、三人は口を開かない。隣にいるグレースの顔がますます強張り、抱いた肩が震えそうなほど力がはいっているのがわかった。


 グレースを悲しませたくはない。だが、三人が自ら罪を詫びたのでなければ、アレキサンダーにも恩情の与えようがない。


 異様な沈黙が続く。何か気づいたらしいローズが、ロバートを見上げた。ロバートは何も言うなというように、そっとローズの唇に触れ、ほほ笑んだ。

「ご自分達でおっしゃっていただかないことには、意味がないのですよ」

ロバートは、三人に聞かせるために言ったのだろうが、それでも三人は口を開かない。


「アレキサンダー様、これ以上はグレース様のお体に障りましょう。三人の処罰は日を改めてご検討いただいてはいかがでしょうか」


 謝罪しようとしない三人に、ロバートは日を改めることを提案した。その間に誰かが三人を諭すことを期待したのだろう。だが、アレキサンダーが、使用人の処罰を迷うような、決断力のない王太子と評されても問題だ。


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