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24)視察から帰還した一行

 1か月にも満たない視察だ。盛りを過ぎた薔薇のようすに、今年も王太子宮の薔薇の見ごろを見逃したことに、ロバートは気づいた。庭師たちに頼んだ、薔薇の花の始末は問題なかったのだろうか。今まで咲き終わった薔薇の花などに、気を配ったことはなかった。自分の思わぬ変化を思い、その変化をもたらしたローズを出迎えの一群にみつけ、ロバートは微笑んだ。


 抱き合って再会を喜ぶ王太子夫妻にそれぞれ付き添っていたロバートとローズは、互いに目を合わせただけだ。声をださずに「おかえりなさい」と言ったローズにロバートが笑みを返した。


 夕刻、帰還を祝う宴は、少し早めのアレキサンダーの退場をもってようやくおちつき、ロバートも自室に向かった。


 いくら王太子宮内であっても、宴には、不審な輩が出入りする可能性がある。アレキサンダーの身に危険がないように、側に控え、来場者たちに目を光らせている必要があった。その間に、王宮に残っていた者から、喫緊の引継ぎをうけ、明日からの仕事にも備え、指示も出したりもした。


 ローズは、宴にグレースとともに出席していた。身重のグレースと一緒に短時間で宴から姿を消し、お互い話をする暇もなかった。


 いつもこの時間なら、ローズは図書館にいる。早朝、鍛錬場へ行く前に、ローズの部屋に立ち寄って、髪を梳いて整えてやり、図書館へ連れていき、棚の本をとってやる。昼、アレキサンダーの昼食を兼ねた休憩時間に、教師たちからローズを引き取り軽食を食べさせる。夜、グレースとの夕食後、図書室で勉強しているローズを、部屋へと連れて帰り、休ませる。


 ローズが王太子宮に住むことが決まってから、徐々にロバートの日課となったことだ。


 自室に向かっていたはずが、なんとなく、図書館に足が向いた。宴で王太子宮全体がうかれているるときに、ローズが図書館にいるという確証などなかった。もし、ローズが図書館にいたら、いつも通り部屋へ送ろうと思っただけだ。


「ロバート」

読んでいた本から顔をあげたローズが、うれしそうにわらった。ぱたんと本を閉じて、こちらにあるいてくる。


「そろそろかなと思ってたの」

待っていたと、言ってくれることはうれしい。

「今日のような日は、来ることができるとは限りませんよ」


 ローズから受け取った本を本棚に戻してやり、ローズの手を取った。

「あと少し待ったら、帰るつもりにはしてたわ。ちゃんと、あなたがいない間も、遅くなる前に部屋に帰っていたわよ。約束通り」

司書のサイモンもそれに頷いた。

「それを聞いて安心しました」


 サイモンにも礼をいい、ロバートは図書館を後にした。別れ際、サイモンが一瞬見せてきた石板に、“明朝ここで”とあった。ロバートは小さく頷いた。


 視察に行く前と同じように、ローズの手をひき、部屋へと歩いた。西の館に入ることが許されている男性は、西の館の主であるグレースの夫であるアレキサンダーと、乳兄弟であるロバート、近習の中でも限られた数名と、一部の護衛達だけだ。


「視察はどうだったの?」

「大きな問題はありませんでした。まぁ、大きくないものは、これからです」

「王太子宮は変わりなかったと聞いてますが?」

「変わりなかったはずよ。私の知る限り、他もいろいろ変わりないはずよ」

ローズらしい返事に苦笑する。


「あなたの知らないはずのところでは?」

「リヴァルー伯爵様がご存じよ」

「そちらですか」

王宮に関することだと匂わせたローズにロバートは苦笑した。

「多分、大きくないもの、に関係しているの」


 ロバートは足を止めた。しゃがんでローズの視線に合わせた。

「ローズ。あなたは、ここで留守番している間に何をしていました?」

「リヴァルー伯爵様と、視察は何のためにするのかのお勉強。過去の視察で横領が判明した件とかを教えていただいたの」


 いたずらっぽく笑ったローズにロバートは苦笑した。宰相であるリヴァルー伯爵が何か企んでいるという気がかりはある。有能だが野心が強く、暗い噂の絶えない人物だ。幸いなことに、気に入っているローズに対しては、優しい祖父のように接し、政治面での教育係を買って出てくれていた。意外と計算高いローズが伯爵に感化され、腹黒くならないかが心配ではある。


「明日の会議が楽しみです」

そっとローズの頬に口づけ、そっと抱きしめる。最初のころは、暴れたり、身を硬くして大変だったが、今は大人しく受け入れるようになった。

「もっといろいろあなたと話したいのですが、明日がありますから、休みましょう」

ローズの手を引いてまた歩こうとしたが、ローズが立ち止まったまま、歩こうとしない。


「ローズ?」

「あの、私ね、ごめんなさい。ロバートのお仕事、増やしてたわよね。気づいてなかったの。ごめんなさい」

グレースからの連絡通りのローズの言葉だった。ロバートは、グレースに感謝しつつ、もう一度しゃがんだ。グレースの手紙があってから、ずっと答えは用意していた。


「ローズ。そんなことはありません。あなたが気にすることではないです」

「でも、あなたも忙しいのに」

「朝は鍛錬場へ行くついでですし、昼は私も食べています。夜はこうして、あなたを送るだけです。いくら警備の者がいても、小さいあなたは心配ですから、自分で送った方が安心です」


「ロバートは、もともとお仕事で忙しいわ」

「暇な仕事などありませんよローズ。それに、私が自分でやっていることですから」

可愛い大切な妹を可愛がっているだけだ。忙しいなどとは思わない。

「いつもあなたばかりに、迷惑をかけているわ」

「迷惑ではありません」

そうでもしないと、可愛いローズに会う時間も話をする時間もないまま一日が終わってしまう。どんなに懐いていても、妹はいずれ父や兄に反発して、離れて行ってしまうものだと聞いたことがある。だったら、それまでの時間、出来るだけ可愛がってやりたい。


「お仕事の邪魔はいけないわ」

「邪魔ではありません」

「でも、邪魔よ、あなたのやることが増えてしまうわ」

「ローズ」


 ロバートはローズを抱きしめた。自分を気遣ってくれていると思うと嬉しい。だが、それにしては不自然だ。

「私の仕事量を決めるのは、アレキサンダー様やアルフレッド国王陛下です。あなたではありませんよ」


 ずっと乳兄弟であるアレキサンダーのために生きてきた。彼のために死ぬのであれば命など惜しくはない。アレキサンダーに妃であるグレースが嫁いできて、仕える主が増えた。そこにもう一人、大切な妹、ローズが来た。ローズを守ってやりたいが、使用人である自分には何の権力もない。ローズのためにも、ローズの庇護者である王太子夫妻のためにも、この国に、この身をささげたいと願うだけだ。


「でも、邪魔はだめよ」

腕の中のローズの琥珀の瞳が、潤んでいるように見えた。

「邪魔だと思ったことは、一度もありません」

腕の中のローズの頬に口づけた。


 やはり、様子がおかしい。ここまで自分が邪魔だと卑下するような子ではなかったはずだ。


 ロバートは、王太子宮からの連絡に、奇妙な内容があったことを思い出した。


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