22)王太子宮図書館の司書サイモンの大切なもの
サイモンは、いつもの長椅子に腰かけたローズをもう一度見た。やはり様子がおかしい。今も本を手にしているが、全く読んでいない。小姓達に連れてこられた時から様子がおかしかった。今までで一番元気がない。数日前の件が、関係しているのだろうか。サイモンは溜息を吐いた。
ー少し、休みますか、ローズー
サイモンの言葉にローズは頷いた。
サイモンは、長椅子の下に隠してあるクッションと、掛布を取り出し、ローズが長椅子で眠れるように支度してやった。どちらもロバートがローズのために図書館に持ち込んだものだ。
ーおやすみなさい。ローズー
「サイモンさん、ありがとう」
長椅子に横になったローズに、サイモンはそっと掛布をかけてやった。
ローズが使う長椅子は、サイモンの仕事机からは見えるが、入り口からは死角になる窓辺にある。まだ子供であまり体力がないローズが、日中休むために、ロバートが用意した。今回の視察前も、準備が大変だった。教育係たちと勉強をして、課題をこなし、王太子の執務室で近習達に交じって王太子の執務を補佐するローズは忙しい。小さなローズといって、近習たちがかわいがるように、実際に子供なのだ。起床と就寝の時間はロバートがきっちり管理しているが、それでも疲れるときは疲れる。
負けず嫌いのローズが、誰にも見つからず、こっそり休めるようにとロバートが用意したのが、この図書館の長椅子だった。
掛布にくるまったローズから、寝息が聞こえてきた。
ローズが掛布にしているのは、ロバートの古い外套だ。近習達の古くなったり、大きさが合わなくなった衣類は、他の者たちに譲渡される。背の高いロバートの衣類は、仕立て直しが必要なため、引き取り手が少ない。ロバートは、冬用の外套は丈も長く、裏地もついているから暖かい。他に着る人もいないから、掛布代わりにしたらよいと言い、ローズに着せかけてやっていた。大きすぎるロバートの外套に、足先まですっぽりと覆われたローズは、ますます小さく見え、可愛らしかった。
ロバートの外套に包まれ、窓からの柔らかい光に包まれながら長椅子で眠るローズを、ロバートは、いつも優しい眼差しで見守っていた。
一人静かに図書館で過ごす時間も、サイモンは嫌いではない。サイモン自身と同じように、資料達が口を開くことはない。文字で書き込まれた沢山の情報は、様々な事件、誰かの人生の一幕なのだ。そう思うと、資料達も愛おしかった。資料達が必要とされたとき、きちんと役に立てるように整理し、管理する仕事にやりがいを感じていた。
眠るローズを見守るロバートはとても優しい目をしている。二人が過ごす穏やかな時間は心温まるものがある。その時間を知っているのは、図書館司書であるサイモンだけのはずだ。ともすれば冷たくなりがちな図書館の静寂が、温かい雰囲気になる感じも好きだった。
視察が王太子の義務であり、それに同行するのが、近習の筆頭であるロバートの責務であることは、サイモンもよく分かっている。ローズもわかっているのだろう。帰ってきて欲しいと言うのを聞いた覚えはない。何も言わないが、ローズは、ロバートのハンカチを握りしめ、ロバートの外套に包まり眠っている。
ロバートも、早く帰ってきてやればいいのに。サイモンは、そう思わずにはおれなかった。
サイモンのお話は幕間にあります
必要とされることの必要性(居場所を得た少年)https://ncode.syosetu.com/n0448gw/