20)視察中の一行
王太子アレキサンダーの威光を示すためというのが視察の名目だが、実はそれだけでもない。地方の有力貴族の監視を兼ねてもいる。翌日の打ち合わせをしていたアレキサンダーはロバートに目を留めた。
「寂しいか」
「いえ、そのようなことはございません」
左下を見下ろしていたロバートは書類に目を戻した。周囲から忍び笑いが漏れた。
アレキサンダーの執務室での打ち合わせのほとんどにローズは同席していた。ロバートが隣に座り、書類を見せてやり、内容に説明を加えたりしてやっていた。ローズの質問で、時々打ち合わせが中断することもあったが、他の者からも発言が増え、参加者全員の理解が深まるという効果があった。
ロバートとローズは、執務室の長椅子に並んで座る。ロバートがローズに資料を見せると、自然と、ロバートの両腕が、ローズを包み込むような姿勢になる。書類を集中して読んでいるローズの真剣な顔を、ロバートが時折見て微笑んでいたりと、周囲からしたら微笑ましい時間でもあった。
「グレースから書状が届いたよ。なかなか、面白いことが書いてある」
グレースからの書状は夫を気遣う内容、王太子宮がかわりないということ、自分の体調もよいことが書かれていた。ローズがロバートの仕事の邪魔をしていたと、反省していて、困っている。今はサラとミリアが付き添っているから安心してほしいと書いてあった。
「なんというか、予想外だな。お前の世話にはならんといいだしたらどうする?」
アレキサンダーはロバートをみた。
「ローズは、自分の扱いが分不相応で、申し訳ないと思っているようですから」
ロバートはまた、誰もいない左側に目を落とした。
「何もしていないのに、こんなに贅沢させてもらっていいのかと、相談されたことがあります」
「そんなことを気にしているのか。ローズはいつになったら自分の貢献を理解するんだ」
疫病の災禍にみまわれたイサカへの支援に、膨大な予算をつぎ込むよう、進言したのはローズである。交易都市のイサカが元の通り機能するようになれば、税収でいずれ補填が可能だ。以前のような誤魔化しもないだろう。新しい商売も始まっており、期待してほしいという連絡はカールを代表とした商人達から届いていた。寄付をした貴族への補填に使って欲しいと、新商品の見本を持って近々王太子宮にやってくる予定だ。
「あの町にどれだけ人と物と金をつぎ込んだと思っている。それを思えばあの子一人にかかる費用など気にしてどうする。あの町から、まともな税収があれば、いずれ補填できるだろう」
金のことなど、小さなローズが気にすることではない。交易の要所を掌握ついでに、周辺の治安を改善させたら、周辺の町まで商業が盛んになった。一帯の税収が増加傾向にある。いつまでも税収が増え続けることはないが、当面は増収を見込める。
「自分以外のことには熱心ですから。あれは」
ロバートはため息をついた。
「いずれ、あなたが家臣として殿下のお役に立つことを期待されているのだから、きちんと勉強したらいいといってやったのですが。そうしたら、毎晩、図書館で遅くまでいるようになってしまったんです」
「ロバートが言えば、おとなしく図書館から帰るのですが、司書のサイモンだと、鍵をちらつかせるまで粘るようですよ」
近習の一人の言葉にアレキサンダーは笑った。
「それで、お前が毎晩、部屋に送っているのか。問題ないだろう」
毎晩、図書館からローズの手を引いたロバートが、彼女を部屋へと送ってやる光景は、王太子宮では当たり前のものになっていた。
「私がいない間、きちんと部屋に帰っているか、気になります」
過保護なロバートに、近習たちが苦笑していた。
「少なくとも、グレースが何も言ってこないから、大丈夫だろう」
「えぇ。ただ、なぜ、サラとミリアが付き添っているなどと、わざわざご連絡くださったのでしょうか」
「そうだな」
ロバートの疑問に、アレキサンダーも頷いた。