15)王家への告白
ライティーザ王国のアルフレッド国王は、王太子宮を十日に一回程度は訪れていた。アレキサンダーとの様々な問題についての打ち合わせのためだ。最近、回数が増えたのは、グレースの腹で育つ彼の孫に会い、アレキサンダーが後見するローズを可愛がるためでもある。
気の置けない家臣であるロバートだけを残し、他はすべて人払いをして、国王と王太子夫妻で過ごす茶会に、ローズは同席していた。
「お話しさせていただきたいことがあります」
緊張した様子のローズの肩にそっとロバートが手を置き、耳に何かを囁いた。ローズが小さく頷く。その様子を見守るアルフレッドの目はとても優しい。
「自分でも、よくわからないので、上手にお話しできないのですが」
そういってローズの語ったことに、三人は驚いた。
「身に覚えのない記憶か」
アレキサンダーの言葉にローズは頷き、顔を上げなかった。そんなローズの隣にロバートはしゃがみ、そっと手をとってやっていた。
「よくわかりませんけれど」
グレースの言葉に、顔を上げないままローズが頷いた。
「自分でも、よく、わかりません」
小さな声だった。
「わからなくても、一生懸命説明してくれたんだね、ローズ」
アルフレッドの言葉にローズが頷いた。
「ありがとう。頑張って説明してくれたね」
ローズがようやく顔を上げた。
「ローズ、私もわかったとは言えない。ローズが一生懸命説明してくれたことはわかるよ。だから、ありがとう」
アルフレッドがそっと両手を広げた。それを見たロバートが、ローズを椅子から降ろした。駆け寄ってきたローズをアルフレッドがそっと抱きしめた。
「ローズ、ちゃんと話してくれてありがとう」
アルフレッドの腕の中で、小さくローズが頷いた。普段、大人びているローズの幼い一面がのぞいた。
身に覚えのない記憶もそうだが、親は誰か。アレキサンダーには気になっていた。今更親に名乗り出てこられても迷惑だ。罪人であったら、大問題になる。一番いいのは、どこかの貴族に諫言故に殺された一族の生き残りだ。そういった一族の子を引き取ったというのであれば、美談になる。
「ありえるか」
「どうした」
ローズの様々な発言を思い出していたアレキサンダーは、アルフレッドの声に、自分が声を出していたことに気づいた。アルフレッドの言葉に、身近にそういう男がいたことを思い出した。代々王家に仕え、王家に匹敵する長い歴史を持ち、幾つもの功績をたてながらも、王侯貴族への度重なる諫言故に叱責され、功績が帳消しとなり、爵位を持たない一族の本家長男、家名なしのロバートと揶揄される男だ。
「いえ、ローズの親ですよ。身元が気になってはいましたが、どこかの貴族に諫言故に殺された一族の生き残りなど、ありえると思いませんか」
「アレキサンダー様の思い付きでしょうに」
ロバートは、アレキサンダーの一言に動じた様子もない。
「どうかな、ありえるかもしれんぞ。お前の一族で調べたりはしないのか」
アルフレッドがロバートを見た。
「調べてはおりません」
ローズが首を傾げた。
「ロバートの一族って」
長い歴史をもつが、使用人であるため家名を持たない一族だ。歴史に名を刻む者も多い一族だが、家名がないため、記録だけみていると、同じ一族とは認識できない。ローズが知らないのも無理はなかった。
「私の一族は、長くライティーザの王家にお仕えしてまいりました。それ故に、諫言申し上げる機会も多くございました。一族の歴史の中では諫言ゆえに、叱責を受ける機会も多く、死を賜った者も少なからずおります」
「まぁ」
驚いたローズが、両手で口を覆い、アレキサンダーをちらりと見た。その視線の意味するところは明白だった。
「ローズ、お前、私がロバートを諫言の一つや二つで、叱責すると思うか。というより、そうであれば、すでにロバートはこの世にいないぞ」
ローズの目が大きく見開かれ、今度はロバートの後ろにかくれ、恐る恐るアレキサンダーを見てきた。
「アレックス、あなた、ローズを怖がらせてどうするの」
グレースがため息をつきローズを招き寄せて抱きしめた。
「アレキサンダー様、諫言とおっしゃいますが、ここしばらくは身に覚えはございませんが」
グレースの腕の中にいたローズがロバートを見上げた。
「ここしばらくもあったと思うわ」
「ローズ、諫言を自覚していないあなたに、そういわれるのは大変不本意です」
ロバートの言葉に、アルフレッドが笑い出し、アレキサンダーはあっけにとられた。
「諫言の自覚がないのは、ロバートもローズも似たようなものだからね」
アルフレッドの言葉に、ローズとロバートが顔を見合わせた。
「まぁ、諫言を言われないようでは、政は形骸化していくだけだ。お前たち二人は、そのままでいなさい。アレキサンダー、お前がそれを聞く耳を持てばいいだけだ」
「はい」
ローズの諫言をなんとかしろと、ロバートに言うのは間違いだった。お互い顔を見合わせる二人に、アレキサンダーは強く思った。