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10)アレキサンダーの思惑

 シスター長と会った晩も、常の通りアレキサンダーの盃にロバートはワインを注いだ。

「どうだった」

アレキサンダーの言葉に、ロバートは答えに迷った。


「シスター長は、ローズは、仲の良かったリズという少女が死んでから変わったと言っていました」

大人びたことを言い始めたのは、信じられないくらい幼い年齢だった。

「八歳のころだそうです」

「子供だな。ますます奇妙だ」

アレキサンダーの言葉のとおりだった。

「はい」


その次に、アレキサンダーが何というか、ロバートは身構えた。ローズを奇妙というアレキサンダーは、ローズを今後どう扱えというのだろうか。

「そんなに身構えるな。あの娘をどこかにやるつもりはない」


思わずロバートの口から安堵の息が漏れた。

「お前は、私が何と言うと思っていた」

アレキサンダーの空色の目が、ロバートを見ていた。


「あるいは、私の言葉の何を恐れていた。お前は、いい加減自分に向き合え」

アレキサンダーの声は静かだった。

「何のことでしょうか」

ロバートの耳に、自分の声が異様に遠く聞こえた。

「私に言わせるつもりか」

アレキサンダーの声も遠い。


「言い方を変えようか。お前、私がやはりローズは何やらおかしいから、捕らえて訊問しろと言ったらどうする。結果、王太子宮から追放しろと言ったらどうする。王都から追放しろと言ったらどうする。いや、追放してイサカの町に行かれても面倒だ。幽閉させようか。死ぬまで監獄で」

「おやめ下さい」

ロバートは叫んだ。


 アレキサンダーが、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

「たかが孤児だ。あれが居なくなって何が変わる。ただ口の立つ気が強い子供だろう。貧しい孤児院育ちだ。幽閉されたところで何が変わる。囚人として食べものがあるだけ恵まれているな。冬に北の雪山に追放しないだけ、慈悲があると思え」


「そんな、監獄になど、あの厳しい場所で、なぜ、あの子が何をしましたか。大人でも毎年、暑さ寒さで次々死ぬと言うのに。どうか、おやめ下さい。あの子が何をしたとおっしゃるのですか。どうか、せめて、追放とおっしゃるならば、せめて元の孤児院に、グレース孤児院に帰してやってください。どうか、お願いいたします」


ロバートはアレキサンダーの前に跪いた。

「どうか」

「なぜ、お前が懇願する」

アレキサンダーが、せせら笑った。

「ただの孤児だ。そうだろう。本人も言っている。親も捨てた子だ。監獄で死んで何が問題だ。捨てられた時に死んでいたはずだろうに」

「アレキサンダー様、グレース孤児院に帰すだけ十分ではありませんか。なぜ、監獄など」

「あの子が幽閉されるのが、そんなに嫌か。なら、お前には面会の時間を認めてやろうか。月に一度でどうだ。十分だろう」

「そんな、それでどうやってあの子を、なぜです。あの子はイサカの町を助けた。あなたの国の民です。そんなあの子がなぜ、なぜ監獄になど、月に一度の面会で何ができると、ただ、あの子が弱って死んでいくのを見守れとおっしゃるのですか、アレキサンダー様」


ロバートは、残虐な主の言葉が信じられなかった。

「どうか、どうか、おやめください。ローズはまだ子供です。どうか、御慈悲を。あの子が何をしましたか。イサカの町を救ったではありませんか。どうか」


 アレキサンダーは、何も言わずに跪くロバートの肩を蹴った。ロバートは呆然とした。王太子であるアレキサンダーと、使用人である自分との身分の違いは分かっていた。使用人は、主の所有物でしかないと、分かっていたはずだった。だが、アレキサンダーにとって乳兄弟である自分は違うと、どこかで信じていた。驕りをつきつけられた。

「邪魔だ。目障りだ。下がれ」


ロバートは跪いたまま動かなかった。命令に従わねばならないのが道理だ。だが、ローズのことだけは譲れなかった。

「アレキサンダー様。どうか、御慈悲を。せめて、追放とおっしゃるのであれば、ローズをグレース孤児院へ帰してやってください。もともとシスターになると申しておりました。シスターになれば、もはや俗世は離れます。どうか、御慈悲を」

「下がれといったはずだ」

「どうか、御考え直し下さい」

主であるアレキサンダーの命令に背くことは分かっていた。それでも、ロバートは跪いたまま動かなかった。


アレキサンダーが、溜息を吐いた。

「ロバート、落ち着け。お前はなぜ、自分ではないもののために、そこまで必死になる。なぜ、涙を流す」

アレキサンダーの言葉で、ロバートは自分が初めて涙を流していることに気づいた。

「なぜ、あの小娘のためにそこまで必死になる。ロバート、お前、私があの娘をどこかにやるつもりはないといったのを忘れたろう」


 その言葉に、ロバートはようやく、アレキサンダーのかつての言葉を思い出した。


 アレキサンダーからは、先ほどまでの嗜虐的な残虐な笑みは消えていた。呆れたようにロバートをみるアレキサンダーの表情は、見慣れた穏やかなものだった。

「お前があそこまで取り乱すとは思わなかった。すまなかった」

「いえ」


アレキサンダーの言葉に、ロバートは自分が取り乱していたことを自覚した。

「お前は自分がなぜ、取り乱したのか、少し考えろ。全く、お前もローズと同じで、得手不得手が極端な奴だ」

呆れたような口調だが、アレキサンダーの表情は穏やかなままだった。


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