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8)ローズの望む場所

 ローズはその日、アレキサンダーとグレースに礼をいうと、いつもより早い時間に就寝した。


「お前が休みを欲しがるのは珍しいからな。初めてのはずだ。孤児院は、どうだった?」


 夜、ロバートはアレキサンダーのためにワインを注いでいた。

「産院も見せてもらったのですが、ローズが、疫病対策で言っていたことと、ほぼ同じことをしていました。やはり、死亡率が下がったのはローズが関わっているようですね」


 ローズは役に立つが、奇妙な点が多い子供だった。アレキサンダーが、それを気にしていることをロバートも知っている。

「ならば当面、ローズの好きなようにさせるか」


 ローズは、まださほど腹の目立たないグレースを、庭に散歩に誘うことが多い。ほんの少しの距離でも歩かせようとする。産院のシスターたちに教わったとローズは言っていた。だが、今日、シスターたちに、体調のよい妊婦を散歩に誘っていたのはリゼだと言われた。やはり、ローズには何か不自然なことが多い。


「他には?」

「横領を解決してくれてありがとうと、数人の子供に礼を言われました」


ロバートの言葉にアレキサンダーも首を傾げた。

「妙だな。横領の件は、子供たちには、知らせていないはずじゃなかったのか」

「当時は、シスター長と、あの孤児院を管理する教会の司祭と、他は数名のシスターだけが知っていたはずです。こちらから、口止めをしたわけではありません。シスターの誰かが子供たちに話したのではないでしょうか」


 当時は、シスター長から、子供たちが大人を信用しなくなっては困ると、子供たちに知らせないように頼まれたのだ。

「まぁ、あれから三、四年経てば、誰かが話してもおかしくはないな」

「はい」


 グレース孤児院への補助金は長年にわたり、孤児院内部の人間に横領されていた。内部告発をきっかけに発覚したのだが、結局告発者は不明のままだ。


「長期にわたる補助金の横領を暴いた褒美を与えると言ったのに、未だに誰も名乗り出てこないな」

「手柄を誇らないのは、グレース孤児院の伝統なのでしょうか」

「確かにな、ローズのようだ」

アレキサンダーは苦笑した。


「他にはないか」

「子供たちの遊び相手にさせられて大変でした」

レオンの言う通り、普段の鍛錬よりもよほど疲れた。

「レオンと彼の私兵もいたし、ずいぶん騒ぎになったんじゃないか?」

「お察しの通りです。レオン様は、何人か見込みのある少年を見つけたようでした」

「さすがアーライル家の人間だ。あの家は、実力ある者を好むというからな」

「そのようです。グレース孤児院をたびたび訪問したいそうですが、よろしいでしょうか」

「あぁ。かまわない。それこそ、アーライル家が見込んで育てるというなら、子供のためにも、この国のためにもなる。あのレオン、アーライル家の跡取り次男が、グレース孤児院に行くときに、また、ローズと同行させてもらったらどうだ。ローズも喜ぶだろう」

「えぇ」


 アレキサンダーの提案に、ロバートは浮かない表情を浮かべた。

「どうした」

「ローズが、孤児院で楽しそうにしておりました。たくさんの子供たちに囲まれて、本当に嬉しそうに笑っていたので、里心がついたのではないかと」

「ローズが帰りたがると思ったのか」

「はい」


 アレキサンダーの言う通りだった。ロバートは帰路、ローズがいつ孤児院に帰りたいというか、気が気でなかった。

「私はそうは、思わないがな」

「そうだとよいのですが」

「あのローズだ。孤児院に帰りたいというなら、今日、おとなしく王太子宮に戻ってくるわけがないだろう」

そういわれると、今日素直に帰ってきたのだから、大丈夫だと思いたくなる。

 

 だが、ローズには、彼女をリゼと呼ぶ人達と過ごす場所があるのだ。仲間である子供たちに囲まれ、楽しそうに笑っていた。シスター達も、ローズとの再会を喜んでいた。特に、小さな子供たちは、ローズが帰るとき、泣き出してしまうほどだった。


「いつかきっと、また来るわ」

ローズはそういって泣く子供たちを抱きしめていたが、それがそう簡単でないことはローズが一番よく知っている。

「ローズがどうしたいのか、一度確かめろ。あと、孤児院にもう一度行け。少し確かめたいことがある」


 アレキサンダーの言葉に、知らず俯いていたロバートは顔を上げた。

「リゼだったころの様子を聞いてこい。やはりあれは、子供というには奇妙だ。いつからあぁなのか、聞いてこい」

「はい」


 別れ際、シスター長に抱きしめられていたローズは幸せそうだった。孤児院には、ロバートの知らないローズが、リゼと呼ばれていたローズがいた。

 

 ローズに、孤児院に帰りたいかと聞くことができなかった。帰りたいと言われたら、生まれ育った孤児院に帰してやらねばならない。無理に王太子宮に縛り付けてはかわいそうだ。

 

 アレキサンダーとロバートは物心つくはるか前から、四六時中一緒にいた。今は違う。アレキサンダーとグレースが仲睦まじいのは喜ばしいことだ。いずれ今、グレースの腹に宿る命が世に生を受け、次の命も生まれてくるだろう。今、アレキサンダーの傍らに立つのはグレースだ。


 ロバートが一人きりにならずに済んでいるのは、ローズがまとわりついてくるからだ。ローズがリゼに戻り、孤児院に帰ることを望めば、ロバートは一人だ。無論、父親のバーナードは残念ながら存命だが、あれを父と思ったことはない。


 ロバートは、もともと一人で生きる覚悟をしていた。一人で生き、本家の血を絶やすことで、この国を支えるために歪められた一族の歴史を終わらせるつもりだった。元に戻るだけだと、自分に言い聞かせても無駄だった。手に入れたものを手放すことを人は嫌う。


 あまりに利己的な自分に嫌気がさしたが、それでも、ローズに帰りたいかと聞くことはできなかった。


 数日以内に孤児院に行かねばならない。先延ばしにすればするほど、自分の足が、孤児院から遠のくのはわかっていた。ロバートは久しぶりにグレース孤児院のシスター長に、面会を願う手紙をしたためた。

 


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