7)孤児院からの帰路
イサカの町に暮らすベンになんと報告しようか。
レオンは目の前に並んで座る二人を見ていた。
「シスター長様と沢山お話しできました。私が孤児院を出るときに、シスター長様は励まして、見送ってくださったんです。お会いできて、とてもうれしかったです。ありがとうございました」
そう言ってローズは幸せそうに笑った。そのローズをみるロバートの目は優しく、どこか寂しそうだった。
イサカの町でロバートは、自分は近習だ、使用人だと繰り返していた。あの町にいたとき、レオンにとってロバートは頼りになる先達だった。今のアーライル家があるのは、家名なしの一族のおかげだ。恩義を忘れるなと、父は口うるさく言ったが、その必要などなかった。ロバートは、身分など関係なく尊敬できる人だった。ロバートが、自分に敬称をつけるなと、繰り返し言う意味がわからなかった。
イサカの町から戻って、最初に御前会議で報告したとき、ロバートの言葉の意味を悟った。国王、王太子、貴族達が居並ぶ場の緊張感を、大人用の椅子に座る小さなローズの笑顔が和らげてくれた。ロバートは、王太子の傍らに静かに立っていた。
なぜ、ロバートが立っている。なぜ、彼は席に着かない。あの町で実際に町の人々を助けたのは、ロバートだ。そう叫びたかった。だが、貴族としての常識がそれを止めた。
子爵家の当主である父が、酒に酔うたびに、貴族でなく曾祖父のような傭兵になりたいと言う意味がわかった。貴族という身分を一族のために維持する必要はある。尊敬する恩人が、爵位がないからと不当な扱いをうけている現状を受け入れざるを得ない。レオンはそれが悔しかった。
レオンは、二人へのせめてもの恩返しとして、ロバートに持ち掛けられた話を了承した。無論、これだけで恩が返せたなどと思えない。出来ないことを嘆くのでなく、出来ることを一つずつ実行する。すべては一度では変わらない。
レオンがローズとロバートから教わったことだ。イサカの町は、完全にライティーザ王国の支配を受け入れた。町に住むティタイト出身の民の変化に、カールが目を丸くし、何度もあり得ないと呟いていた。疫病の騒動から一年での大きな変化だが、ライティーザ王国がイサカを領土としてからは、気の遠くなるような年月を経ての変化なのだ。
婚約者のアイリーンに、武器を持って戦うしか能がないのか、情けないと言われたのは先日だ。一族にとって大恩ある方々に報いて、アイリーンに認められたいと言うのもある。
今日は、思いがけず子供達の無限の体力に付き合わされた。だが、収穫もあった。
「子供相手も、あれだけの人数がいると大変ですね。訓練なみです」
レオンにとって正直な感想だった。孤児院のシスター達が子供達をどうやって面倒を見ているのか不思議だった。
「みんな元気でしょう。沢山遊んでくださってありがとうございました」
微笑むローズは、王太子宮での教育のおかげか、最初にあったころよりも上品なふるまいをするようになっていた。
「あの孤児院であなたは育ったのですね」
ロバートは先ほどから何か考えている様子だった。
「はい。シスター長ともお話しの時間をいただきました。シスターたちにも会えて、子供たちも皆元気そうだったし、ありがとうございました」
ローズは笑顔だった。
「何人か、見込みのある子供がいました。定期的に孤児院を訪れ、剣を教えてみたいのです。ただ、あの孤児院には、アーライル子爵家は、かかわりがないので、どうしたものかと」
「アレキサンダー様とグレース様にお伝えしておきましょう」
ロバートはレオンの期待通りの返事をくれた。
「アーライル子爵家の御領地にも孤児院はあるのではありませんか」
ローズの言葉にレオンも苦笑した。
「恥ずかしながら。今までそういう目で孤児院を見たことがありませんでした。早速見直そうと思っております」
レオンの言葉にローズはうれしそうにほほ笑み、ロバートを見上げた。
少なくとも二人の間に強い信頼関係があることをレオンは感じた。