6)シスター長との再会2
シスター長は、ローズを抱いていた腕を離すと、窓の外を見た。
「ロバート様はずいぶん久しぶりにいらしたわ。あの横領事件の後、何度かいらしたけれど」
孤児院での寄付金横領が発覚したあと、しばらく大人が孤児院に何度も来ていたことはローズも知っている。ローズも含めた数人は、外からやってきた大人たちと会うことが無いように、隠れていた。ローズは、ロバートが孤児院にきていたことを初めて知った。
「あのロバート様が、イサカの町に行かれたロバート様なのね」
「はい」
ローズの返事にシスター長は微笑んだ。
「疫病の町での噂はここまで届いているの。神のお告げを聞いた、ローズという少女が王太子にそれを告げ、王太子の命をうけたロバートという青年が、町を救ったというお話なの。吟遊詩人たちが町で謡っているわ。お話では、町を救った二人はめでたく結ばれるわけだけど、あなたたちはまだのようね」
シスター長の言葉にローズは赤面した。
「シスター長様!そんな、めでたくなんて、確かにロバートは、王太子様の名代として疫病の町に行った人ですけど、私よりずっと大人です」
「あら、そうなの?でもあなた、馬車から降りるとき、あの体格がいい騎士の青年じゃなくて、ロバート様に降ろしてもらったでしょう?」
「今、ロバートは、王太子様のご命令で、私の世話係になってるんです」
「でも、私なら、力持ちに手伝ってもらう方が安心よ」
シスター長の笑顔に、戸惑ったローズは話題を変えることにした。
「神のお告げなんて、そんな、私にそんな恐れ多い」
「違うの?残念だわ。大司祭様も、きっとあれは神のお告げだ、奇跡だとおっしゃっておられたのに。この孤児院で子供たちが元気に育っていることも、その証拠とお考えだそうよ」
「そんな、大それたこと、私には」
いつの間にか、神のお告げを聞いた少女になっていたことに、ローズはめまいを覚えた。教会関係者たちは、ローズに丁重な態度をとってくれるが、その根拠は、神のお告げという勘違いからなのだろうか。教会関係者は、イサカの町に関してアレキサンダー様に謁見すると、必ずローズにも挨拶に訪れる。グレース様が彼らとの面会用に用意してくださった清楚なドレスとベールを身に着けているが、もしかして何か意図があったのだろうか。一度、何か意図がおありなのか確認しなければいけない。
ローズが知るのは神のお告げではない。ローズの中にいる“記憶の私”の知ることなのだ。
「全ては神の御意思です」
一人で話を締めくくったシスター長は、いたずらっぽく笑った。
「いつか、あなたたち二人の幸せな報告を待っているわ」
シスター長の視線の先では、ロバートが子供に肩車してやっていた。左右の足に子供が一人ずつ抱き着いていて歩きにくそうだ。レオンは両腕に子供をぶら下げている。レオンが連れてきた部下も、馬車と馬の見張りに一人を残し、子供の相手をしてくれていた。
レオンや部下たちに連れて来てくれただけでなく、子供の相手までさせてしまっている。ローズはなんだか申し訳なくなってきた。
「シスター長様。私は孤児です。ロバートは貴族ではありませんが、王家に仕えて長い家の人です」
親が誰かもわからない孤児のローズとは、生まれも育ちも違うのだ。
「そう。楽しみにしているわ」
シスター長の耳には、ローズの言葉が届いていないようだった。
「彼はよい父親になりそうよ」
シスター長は優しい微笑みを浮かべていた。