5)シスター長との再会1
突然の騎兵を伴った馬車の到着に、孤児院が騒然とする中、ローズは、ロバートに抱き上げられ、馬車から降ろされた。
「もしかして、リゼ?」
誰かの声にローズは頷き、ベールを跳ね上げ顔をあらわにした。
「みんな、ただいま」
子供たちが駆け寄ってきて、ローズに飛びついた。シスターたちも現れ、泣いたり笑ったり大騒ぎになった。
ロバートも子供達に囲まれた。
「なぁ、兄ちゃん、前にきたことあるよな」
「“のっぽの兄ちゃん”だよな、俺、肩車してもらったよな」
「なぁ、今度は、このチビたちを肩車してくんないかな」
了承したロバートの足に、たちまち小さな子供たちがまとわりついた。
「こら、お前ら、ちゃんと並べよ」
数年前、同じようにロバートの足にまとわりついてきていた少年たちが、幼い子供達を窘める様子は微笑ましいものだった。
他人事と思っていたレオン達のところにも、子供たちはやってきた。
「なぁ、兄ちゃん、この剣本物?」
「馬触っていい」
「鎧も本物だよな」
「馬車乗りたいなぁ」
「兄ちゃんたち、騎士なの。かっこいい。本物かよ」
「どうやったら騎士になれるの」
たちまち囲まれてしまった。
沢山の笑顔と涙に歓迎されたローズは、シスター長と二人だけで話をする時間をもらった。
中庭では、子供たちを相手に、ロバートとレオンと、レオンの部下たちが遊んでやっている声がする。とくに腕白な少年達が、普段とは違う乱暴な遊びに応じてくれる彼らを相手に大騒ぎをしていた。
シスター長の部屋からも、外の騒ぎは聞こえた。シスター長は微笑み、ローズを見た。
「リゼ、今はローズというのね」
「はい」
「あの日、あなたがやるべきことがあると言って出かけて行ったあと、私たちは毎日神様にお祈りをしていたの。あなたの無事を」
シスター長は微笑み、ローズの手を取った。
「ありがとうございます」
あの日、シスター長に、やるべきことがあると告げ、リゼは孤児院を出た。道もわからないまま、方々をたずね、王太子宮にたどり着いた。リゼという名と別れ、ローズと名乗るようになった。
「あなたから、手紙がきたときは本当にうれしかったわ」
ローズに文字を教えてくれたのはシスター長だった。聖女アリアの伝説を記した書籍が教科書だった。
「ご無沙汰した上に、連絡も遅れまして、申し訳ありませんでした」
シスター長はそっとローズの手を撫でてくれた。
「あなたの活躍を聞いて、私達、本当にうれしかったわ」
「活躍だなんて」
シスター長の大袈裟な言葉にローズは戸惑ったが、シスター長は微笑んだままだった。
「リズが亡くなった時、あなた随分落ち込んでいたでしょう。突然、別人のようなことを言い出して、この孤児院を変えました。それ以来、あなたはもっと何かを変えるのではないかと思っていたの」
「それは、シスター長様のなさったことです。リズが居ないことは変えられません」
リズが亡くなったのがローズにとってのきっかけだった。あの時期に“記憶の私”の記憶に気づいた。当時リゼだったローズは、シスター長と一緒に、少しずつ孤児院を変えていった。だが、リズが亡くなったことを覆すことはできない。今でも思い出すととても悲しくなる。
「そこはあなたの変わらないところね」
シスター長の微笑みは、悲しそうに見えた。
「この孤児院も変わりました。今は、学校も運営しているの。王太子妃様からのご援助と、沢山の方々からの寄付をいただいて、町の子供たちも教えています。あなたが、いっていたとおり、読み書き計算が出来る子供たちが増えたら、いろんな店で仕事をさせてもらえるようになったの。養子になる子も増えたわ。何より町で物乞いをする子供が減ったわ。きっと良い方向に変わると、私たちも思うようになりました」
「シスター長様」
自分が去った後も、シスター長が、孤児院が、活動を続け発展させ、良い影響が広がっていることに、ローズは感動した。
「あなたは、もっとやることがあるの。ここにいてはできないことがあなたを待っています。きっとそう思います。私たちは常にここからあなたを見守っています」
「ありがとうございます」
シスター長はローズを抱きしめてくれた。シスター長の言う通り、グレース孤児院にいては、グレース孤児院しか変えることができないのだ。今は、王都の他の孤児院でも、読み書きと計算を教えることができるように準備していた。
「きっとまたいつか、シスター長様に、いい報告ができるようにがんばります」
「えぇ、ローズ。楽しみにしているわ」
シスター長は微笑んでくれた。