62)ローズの居場所
「陛下」
和やかな空気に、偉丈夫の低い声が響いた。
「そのためには後見人が必要でしょう。ぜひ、私に務めさせていただきたい」
ローズを高く評価し、一部からはローズの信奉者といわれているアーライル子爵だった。
「いや、我が家から嫁ぎ、王太子妃となったグレースが、妹のようにかわいがっていますからな、ぜひ私が後見人を」
アスティングス侯爵はにこやかに周囲を、アーライル子爵を威圧した。現在、アスティングス侯爵家の権威に太刀打ちできるだけの貴族はまずいない。ライティーザの総騎士団長を代々排出するアーライル子爵は、動じない。
「王太子様とアスティングス侯爵のご縁が深いのは喜ばしいことですな。ですが、よろしければこの老いぼれが、後見人とならせていただいたら、より殿下も心強いかと思われますが」
唯一、宰相という地位でアスティングス侯爵に対抗できるリヴァルー伯爵も笑顔だった。
騎士を束ねるアーライル子爵、侯爵家という高位貴族の中でも権威あるアスティンスグス侯爵、伯爵ではあるが文官貴族の最高位である宰相であるリヴァルー伯爵の三人が、互いににこやかな笑顔を浮かべながら睨み合い始めた。
予想外の地獄絵図にアレキサンダーは頭を抱えたくなった。ローズの後見に名乗りを上げてくれるのはうれしいが、そろいもそろって個性派ぞろいの三人だ。互いに譲るような相手でもない。
「後見人ってなぁに」
ローズが、隣に立つロバートに囁いていた。
「構わぬ」
アルフレッドの言葉に、ロバートが口を開いた。
「そうですね。一番簡単に、わかりやすく言えば親代わりということでしょうか」
その言葉に、ローズが息をのんだ。
「お父さんとお母さんの代わりの人」
小さな声だったが、部屋の貴族達の耳には届いた。両手で頬をおおい、嬉しそうにほほ笑む様は、普段のお転婆を見慣れているアレキサンダーですら可愛いと思った。
睨み合っていた三人も気を削がれたらしい。剣呑な空気が和やかなものになり、周囲の貴族達に笑顔が浮かぶ。
注目を集めたことに気づいたローズが頬を染め、両手で顔を覆った。それでも足りないのか、隣に立つロバートの後ろに隠れようとするかのように身をよじった。
「ローズ」
窘めようとするロバートの声も自然と笑みを含んでいる。
「後見人に三人も名乗りを上げてくれたのは、ローズのためにもうれしいことだね。だが、ローズは王太子宮で暮らすから、今まで通りアレキサンダー、お前が後見人も兼ねて面倒をみなさい」
「かしこまりました」
アルフレッドの言葉には、貴族達も承服せざるを得ない。あの三人では、誰に決めても揉めるのだ。
一人ローズが何とも言えない顔をしてアレキサンダーを見ていた。
「アレキサンダー様が、お父さんの代わりの人」
「親代わりは例えだ。私と君では兄代わりだろう」
アレキサンダーも、突然十二歳のお転婆娘の父親代わりと言われても困る。年の離れた妹のほうが、まだいい。
「アレキサンダー様がお兄さんの代わりの人」
アレキサンダーの言葉を繰り返したローズが、アルフレッドを見た。
「では、陛下が」
「ローズ、親族の代わりというのは例えですから」
ローズが何を言おうとしたか察したらしいロバートが止めていた。その先を期待し、身を乗り出したアルフレッドが何事もなかったかのように、姿勢を戻した。
ロバートは、もう少し融通が利いてもいい。父アルフレッドの夢を壊した生真面目な乳兄弟ロバートに、アレキサンダーは苦笑した。父の気がローズに向いてくれいてれば、こちらへの「孫」という圧力も少しは弱まるかと期待していたのだが。
ローズは既に、後見人とは何かというリヴァルー宰相の説明に聞き入っているようだった。