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61)ローズの未来

 よく言った。

アレキサンダーは、心の中で喝采を叫んだ。ローズを褒めてやりたいが、ここで声にするわけにはいかない。周囲の貴族は、唖然とし、笑いをこらえ、なぜか感心し、態度は様々だった。


 ローズを手元に置くというのはアレキサンダーにとっては決定事項だ。褒美目当てだろうというローズへの陰口を、どう封じたものかと思っていたら、本人のこの発言だ。痛快なことこの上ない。本当によく言った、よくやったと思う。


 ローズ自身が、本気で孤児院に帰るつもりでいることは知っていた。茶会の日にグレースから話を聞き、今朝、サラから決行の日が近いだろうという連絡を受けていた。まさか御前会議の場で帰ると宣言するとは思っていなかったが、ローズらしいといえばローズらしい。


 父アルフレッドが、落ち着いた風を装いながら、ロバートを窺っていた。ローズの意向を知っていたロバートは落ち着いている。変わりない様子に安心したのか、アルフレッドがこちらに視線を送ってきた。何とかしろというのだろう。


 アルフレッドの、ローズをロバートの嫁にという夢物語に付き合うつもりはない。妹代わりのローズがいるとロバートが怖くないという、近習や小姓達の甘えを助長してやるつもりはない。


 妻、グレースに、「ようやく妹のように可愛がることができるローズが、グレース孤児院からきてくれたのよ。どうぞ、帰るというあの子を止めてくださいな」といわれたからだ。


 懐かしいアリアのように微笑むようになったロバートに、世話になった優しいアリアが天国で安心しているだろうと思うのもある。


 アレキサンダーは、ローズに声をかけた。

「孤児院に帰って何をするつもりだ」

「子供たちに勉強を教えます。ここで沢山勉強させてもらいました。いずれシスターになります」

ローズの返事に迷いはなかった。


「ローズ、君はここで何をしている?」

「お茶を飲んでいます。さきほど果物もいただきました」

ローズの答えに間違いはないが、アレキサンダーの望んでいた答えではなかった。


「そういう意味じゃない。さっきまで何の話をしていた?」


よどみなく、先ほどまでのこの国の政治課題をローズは列挙した。特に、南の隣国ミハダルとの国境地帯は問題だ。ライティーザ王国では奴隷は廃止されている。ミハダルには奴隷制度がある。ミハダルとの国境近くのライティーザの領土で、違法なはずの奴隷売買が後を絶たないのだ。実際、人買い、人攫いの噂は、国土の南にいけばいくほど増えていく。一度、奴隷としてミハダルに連れていかれると、焼き印を押され、足を鎖でつながれ、逃げることは難しい。


稀に逃げてくる者は、ミハダルでの奴隷の過酷な生活を訴えた。イサカの町がライティーザ王国により救済されたという話は、民の間に広まっている。そのためか、数週間前からミハダルが関与すると思われる人攫いの陳情が増えていた。


「そうだね。それほどまでに知っている君を、私たちが孤児院に帰すと思うかな」

アルフレッドの言葉に、ローズの顔におびえた表情がうかんだ。

「いけないこと?」

「機密事項だな」

アレキサンダーの言葉に、怯えたようにローズが目を見開いた。


 アレキサンダーの背後に控えていたはずのロバートが、安心させるかのようにローズの手を取ってやっていた。そんな二人の様子に、アルフレッドが相好を崩していた。ロバートが、ローズを気に入っているのは事実だが、アルフレッドの望むようになるかは、まだわからない。 


 二人のこの先の関係などわからないが、少なくとも今、ローズを孤児院に帰すつもりはなかった。

「この国の機密事項を知りすぎている君を、他へやるわけにはいかない」

アレキサンダーの言葉に怯えたローズが、ロバートの手にしがみつくように、握っていた。


「それに、君はグレース孤児院の子供たちに勉強を教えるというが、他にも孤児院はある。そこの子供たちはどうするつもりだ。グレース孤児院に帰ったら、他所の孤児院の子供たちには、勉強を教えてやれない。それでいいのか」

ロバートの手を握ったままのローズが首を振った。


「慈善事業は、この国の王妃と王太子妃の仕事だ。残念ながら王妃様が身まかられてから長い。ローズ、王太子宮で暮らしてグレースの慈善事業を手伝ってみないか」

ローズの顔が明るくなった。

「グレース様のお手伝いですか」

「そうだ」


アレキサンダーの言葉に、ローズが笑顔になり、嬉しそうにロバートを見上げた。

「君は王太子宮で暮らすんだ。今まで通りに。会議にも出るんだ。教育係もつけよう」


きょとんとしたローズは、間近にいるロバートを見上げた。近習であるロバートは、本来は許可なくして、御前会議では発言できない。自由に発言しているローズが例外なのだ。


アレキサンダーは、将来的にローズを側近にまで育て上げる算段だった。

「孤児が一人、突然来て、王太子宮に住み着いて迷惑ではないのですか?」

「迷惑だ」

アレキサンダーの一言に、ローズの表情がこわばった。


「だから、勉強して将来、私の役に立て。そのために必要なものはそろえてやる」

どこの貴族の息もかかっていない側近が手に入る。育てればもっと賢くなるだろう。今は妹代わりでも、いつか堅物の乳兄弟の嫁になる可能性もある。そして大司祭の、聖女かもしれないという言葉が本当であれば、聖女候補は手元に置いておきたい。


「はい」

少し考えて、ローズは返事をした。

「ロバート、これからもお前が面倒をみてやれ。作法はグレースが、アスティングス家から教育係を呼んでいる。今のままでは、王宮に表立って出せない」

「承知いたしました」

一礼したロバートが、そっとローズの姿勢を直してやっていた。微笑ましい光景に、和やかな空気が流れた。


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