55)ロバートの帰還
現地での引継ぎも済んだため、帰還します。途中の町で数日休んで、物を焼き、始末するため、通常よりも日数はかかりますという連絡が届いた。ようやくロバートが帰ってくる日、王太子宮のものはみな、浮足立っていた。
馬車が到着し、扉が開く。降りてきたロバートは、出迎えたアレキサンダーの前に跪いた。
「ただいま戻りました」
「私の名代として長きにわたり、良く務めた、ロバート。皆、お前の帰りを待っていたぞ」
「ありがとうございます」
促され、立ち上がったロバートの肩を、アレキサンダーは叩いた。
「よく、無事に帰ってきた」
「アレキサンダー様」
王太子宮にようやく戻ってきたロバートは、懐かしいアリアそっくりな笑みを浮かべていた。
アレキサンダーがロバートから離れると、近習たち、小姓たち、その他多くの者達にロバートは囲まれた。散々歓待されてから、ロバートは少し離れたところに立つローズに目を向けた。
「約束通り無事に帰ってきましたよ」
ロバートはしゃがんで、小さなローズの目線に合わせてやった。数か月ぶりだが、背は大して伸びた様子もなかった。小さな手がスカートを力いっぱい握りしめていた。
「おかえりなさい」
そういったローズの目から涙がこぼれた。
「帰ってきたのに、なぜ泣くのですか」
そっと涙を拭いてやった。
「帰ってこないかと、怖かった。行かせてしまったし、どうしていいか、大変なのは想像できるけど、やってもらわないといけないことも沢山あって、無事でよかった。ありがとう」
言いながら泣き出した少女をロバートは抱きしめた。大人びた言動で忘れがちだが、ロバートの胸で泣くローズは、年相応の子供だった。
「約束しましたからね」
泣きながら少女は頷く。
「約束はちゃんと守りましたよ」
「ちょっとだけ、守ってない」
少し落ち着いたのか、泣き止んだ少女が、ロバートの頬を両手で挟んだ。
「痩せたわ」
戻る前には、数日ゆっくりできたのだが、それでもやはり疲れもある。少しやつれたように見えているのだろう。
「少しくらいは仕方ありません。ところで一つ、覚えていますか」
「何を」
「無事に帰ってきたらその時は」
「あっ」
ロバートの腕の中で、ローズが慌てたのがわかった。忘れていたのだろう。子供では大人に敵うわけはなく、ローズは、ロバートの腕に拘束された。もがくローズの頬に、軽く唇でふれロバートは微笑んだ。
「頬ならいいとおっしゃったでしょう?」
「だからって不意打ちはなしよ!」
真っ赤になったローズが叫んだ。
「約束ですし。ちゃんと断りましたよ?」
「知らない!」
泣いたり怒ったり騒がしいローズをロバートは抱きしめた。子供ながらに、ませた口を利いていたローズが、精一杯背伸びをして、大人相手に書面でやり取りしている様は、可愛らしかった。王都からやってきた者たちからときおり聞く、破天荒な行動が懐かしかった。教会関係者が語る聖女然としたローズの様子に、グレースの苦労を察したりもした。
ベンがなんといおうと、子供だ。女性らしいふくらみもない、少女相手に、惚れるなどない。生意気でませた可愛い妹のような子供に、会いたかっただけだ。指から滑り落ちる艶やかな柔らかい髪を撫でてやりたかっただけだ。
「さみしいですねぇ。知らないなんて言われると」
「違うの、知らないじゃないの、違うの」
騒ぐローズに、とうとうロバートは笑いが止まらなくなった。帰ってきたのだとあらためて思えた。
「なんだあれは」
目の前の光景にアレキサンダーはつぶやいた。
泣いていたとおもったら、真っ赤になったローズが喚きながら、珍しく声を立てて笑うロバートの腕から逃れようと大暴れしていた。ロバートは離すつもりはないらしい。
「子供好きですから」
「妹かな」
「お前たちみたいな、出来の悪い弟分にそろそろ飽きたんじゃないか」
「その言葉、そのままそっくりお返しいたしますよ」
「懐いていない猫の仔みたいだ」
「じゃぁ、そのうち引っかかれるな」
アレキサンダーの周囲では、近習たちがささやきあっていた。