54)イサカの未来の始まり
庁舎の議事堂に人があふれていた。町の自治を担う商人達だけでなく、各地区の代表者達、職人の親方達も集められていた。
「本日は、皆さまにお集まりいただきましてありがとうございます」
ロバートは、常のとおり丁寧な態度のままでいた。
「お集まりいただいたのは、他でもありません。この町を閉鎖した当初、食料が足りなかった時期がありました。その頃の食糧不足で亡くなられた方も少なくありません。その原因を調べておりましたが、ようやく原因が判明しましたので報告いたします」
議事堂の各所には、腕に覚えがある者を配置しておいた。後任の三人に任せる前に、ロバートは、この町の膿を吐き出させることにした。
町を閉鎖した当初、町の人口から予測される食料は町へと運び込んだ。有事の兵士の食料の計算を元に、算出した量だ。旅人は町の住人として登録されていない。貧民も住居がないため登録されていない場合が多い。それを加味した食料を用意した。すでに、疫病で死者が多数出て、町の人口が減っていたにもかかわらず、食料が不足したのだ。
ロバートが町に派遣された当初、食料の不足が反発の原因の一つだと教えられた。その際の会話が手掛かりになった。
後任としてきたアーライル家次男であるレオンにも確認させた。王都に報告されていた町の人口どおりであれば、不足するはずがない量だった。地区の代表者達に確認したが、各地区とも住民の人数を正確に庁舎に報告していた。税も収めていた。
庁舎から王都への報告の際に、人数が減らされていた。当然、税も正確には収められていない。差分が誰かの懐に入っていることは明白だった。
町人の自治というが、実態は、有力商人達が町そのものを食い物にしているだけだった。実力がありながら町の自治組織に関わっていない商人達からも、証言を得た。何のための自治かという者もいた。
「王都へ報告されていた人口と、実際のこの町の人口の間には乖離がありました。国は、報告されていた人数をもとに食料を用意しました。不足したのは、報告よりも実際の町の人口が上回っていたからです。疫病で多くの方が亡くなったにもかかわらず食料は不足した。幸いなことに、地区の代表者の方々が、ほぼ正確な人数を把握しておられました。私から国へ各地区の人数を報告することにより、物資の量は改善されました。各地区の代表者の方々にはお礼を申し上げます」
ロバートは一礼をした。
既に、自治に関わっていた商人達の中には、青ざめているものもいた。
「各地区の税は、実際の人数に応じて納入されました。ところが、国へは、より少ない人数分の税が納入されていたのみでした。その差分はどこにいったのでしょうか」
「うるさい、王都から来ただけの若造が何を言う」
町長が叫んだ。
「黙れ、町長、あんた、わしらが収めた金をどこへやった」
職人の一人が叫び、次々と町の者が罵り始めた。血気盛んな数人が、立ち上がっていた。ロバートとしては暴力沙汰は避けたかった。すでに多くの命が失われたのだ。ロバートは無用な死は避けたかった。
「皆さん、お静かに。お怒りはごもっともです。しかし、暴力はいけません。腰を降ろしてください。ここで彼らに怒りをぶつけても、亡くなった方は戻らない。また、今回の疫病の件では、それなりにご尽力をいただいたことも事実です。できれば罪を告白いただき、不当に懐に収めた金銭を返納いただけましたら、罰の軽減も」
決して積極的に協力してくれたわけではない。彼らの協力なくして、疫病の蔓延を防げなかったのも事実なのだ。
「そんなものはいらねぇ。国の金を不当に懐に入れたやつの罪は決まってる。誰だって知ってる。お前たちがやったからな。吊るし首だ」
地区の代表者の一人が叫び、各所から同意の声が上がった。
「止めても無駄だ。ロバート。自治の町っていうけどな、一部の金持ちが、自分達にとっていいようにしていただけだからな」
「あんたを派遣してくれた王太子様が次の王様だろ。だったら俺達、文句ねぇからなぁ」
ロバートの近くにいた数人が、口口に同意した。
「私刑はいけません。法の下での裁きにかけましょう。下手な遺恨は残さないほうがいい」
「まぁ、あいつらに苦労させられたお前が言うんじゃしょうがねぇ」
ベンがため息をついた。
「こらぁ、お前ら、町長達を縛っとけ。勝手に私刑はだめだとさ。ライティーザの法律に、えっと」
「法律に基づき、正式な手続きの上、処罰することが必要です」
言いよどんだベンの後をロバートが続けた。
「なんでさ、あんた、こいつらに苦労させられたのに」
「そうだよ、こいつら用心棒使って、あんたを襲わせたりしたんだぞ」
初耳だったが、ロバートは平静を装った。
「どのような罪状か、きちんと調査し、裁かねばなりません。この町はライティーザ王国の領土です。ライティーザ王国の法に基づき裁く必要があります。幸い、王都から法律家もいらっしゃいました」
ロバートの言葉に、議事堂も静かになった。
「あんたが言うんじゃ、しょうがねぇなぁ」
「お前、お人よしかぁ」
文句を言いながら、殺気立っていた連中は席にもどった。すでに町長以下、町の自治に関わっていた大商人達は縛り上げられていた。
「法律で裁くというだけです。罪が軽減されるかどうかは、法律家ではない私にはわかりません。余罪もおありのようですから」
ロバートの言葉に、どっと笑いがおこった。
「やっぱり、お前、食えねえやつ」
ベンの言葉にロバートは苦笑した。
後任の三人に引き継ぐ前に、町の膿を出しておきたかった。町の代表を務めるような大商人だ。いくら罪人とはいえ、彼らと利害を共有するものは多い。町長たちを監獄に送れば、恨みを買うことは予測で来ていた。恨みを買うようなことは、町を去る自分が片付けておけばよい。
「お前、あの三人に甘いなぁ」
「彼らには、町の方々と、この町の在り方を作っていってほしいのですよ」
過去の因縁を、イサカの町から切り離す。そこまでが自分の仕事だとロバートは考えていた。
その日が、商人達の自治を隠れ蓑にした特定の商人達に、牛耳られていた町が、ライティーザ王国の法の支配に下った瞬間だった。