43)レオン・アーライルの決意と三人の結束
「待て。そんな、勝手な」
レオンの言葉に、先ほど、ローズを連れていた三人目の近習が口を開いた。
「勝手なことではありません。すでにローズは、王太子様に変更に関して報告しています。イサカの件に関しては、アレキサンダー王太子様が担っておられます。ローズはその補佐ですから、何も問題はありません。お帰りはこちらです」
お前は帰れ。そう告げられたも同然だった。
「そんな、勝手な、父が許すと思うのか」
レオンの言葉に、ローズが足を止め、振り返った。
「アーライル子爵様はアーライル子爵様、レオン様はレオン様。別の人です。また、イサカの町へ、誰を何の目的で派遣するかを決めるのは、アーライル子爵様でもレオン様でもありません。お父様へは、大切なご子息を、疫病が終息したばかりの町に派遣するわけにはまいりませんと、お断りさせていただきます。万が一のことがあって、彼の地とアーライル家との因縁が深くなっても問題です。そうお話ししたら、お分かりいただけるはずですから、レオン様にとっても問題はないでしょう」
レオンの不利にならないようにしてやるということだろう。ローズはそれだけ言うと、エドガーに促され、レオンに背を向けた。
「待て、いや、待ってください」
レオンは、ローズの小さな背中に向かって叫んだ。立ち止まったローズは振り返らなかった。
「二日半お時間をいただきました。お話しした内容は、戦時にかかわらず平時でも、兵士の間に疫病の蔓延を防ぐことにもつながります。ぜひ、ご活用ください」
言い切ると、ローズは歩き始めた。
「違います。そうではない、私はそんなことを言いたいんじゃない」
レオンは必死だった。父と兄は何も言ってくれなかったが、レオンのことを考えてくれていた。それを教えてくれたのはローズだ。
レオンは自分が熱心に話を聞いていなかった自覚はある。それでもローズは、きちんと説明をしてくれた。ローズは最初にアレキサンダーの補佐をしていると言った。アレキサンダーの補佐をしながら、自分達のために二日間時間を割いてくれたのだ。レオンは、貴族である自分の時間を奪ったことに腹を立てていた。だが、レオンのほうが、ローズからアレキサンダーを補佐する時間を奪ったともいえるのだ。
「すみませんでした。私が分かっていなかった。父が私をイサカに派遣しようとした理由も、兄の考えも、何もわかっていなかった。あなたがここで何をしておられるかもわかっていなかった。私にもう一度、機会をください」
レオンは頭を下げた。近習たちの話は有益なものだった。資料の内容もそうだ。信じがたいが、どちらも目の前の、ローズの説明がもととなっているのだ。
「私は機会を与えるなどという立場にはありません。機会をとらえ、物にするかしないかは、あなた次第です。二度目はありません。それでもよろしいですか」
振り返ったローズがほほ笑んでいた。
「はい。よろしくお願いします」
「では、あなたもご挨拶に行きましょう」
「ぜひ、三人で頑張りましょう」
感動したらしいマーティンが駆け寄ってきた。カールも頷いていた。
「結局、私達がイサカに行くことは無しですか」
エリックは心底残念そうに言った。
「総騎士団長仕込みの連中と手合わせしてみたかったのに。つまんねぇな」
「お行儀悪いわ。エドガー」
ぞんざいな言葉遣いのエドガーを、ローズが呆れたように見上げていた。
「あの、若輩者ですが、私でよければお相手しますが」
レオンの言葉に、エドガーが嬉々として振り返った。
「そうか、坊主、お前、意外と話が通じるな。あとでといわず、今から行こうぜ」
レオンは、エドガーに一瞬で両肩を捕えらえた。そのまま連れ去られそうな勢いに圧倒された。
「だめよ。今からご挨拶よ」
エドガーの誘いを、ローズが遮った。
「ローズ、そんな頭の固いこと言うなよ」
「ロバートに言いつけるわよ」
ローズの言葉に、エドガーが姿勢を正した。
「ローズ行こう。資料を取りに行くのと、お前の準備もいるからな」
「イサカに派遣される方々は、ご挨拶はしていただくけど、その後のことは特に決めていないわ」
そういったローズの顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「お、ローズ、わかってるな。お前はやっぱり賢い子だ」
エドガーの言葉にエリックが苦笑していた。
「今日はお外よ。お天気がいいから。楽しみだわ」
「日差しがきついし、相手は高貴なお客様だからな、サラがベールを用意している」
「暑いから嫌よ」
「ロバートに、ローズがベールも着けずに、お行儀が悪かったと、報告しないとなぁ」
「もう、エドガー、意地悪いわないの。エドガーのご用事の後、説明を代わりに頼んでいいかしら」
「あぁ、若いのにやらせるけどいいか」
「えぇ。でも、誰か一人はついてあげてね」
二人の会話から、決定権を持っているのはローズだということが知れた。