40)従兄弟達vs.レオン・アーライル
有益な時間だったと思う。若い二人が退出し、再びの休憩にレオンは先ほどの内容を思い返していた。
「三日目ともなると、内容が密になりますねぇ」
カールが資料をめくっていた。
「この資料、前任の方はどのくらいかけて、用意されたのでしょうか」
マーティンがまた、質問していた。
「3、4日ほどでしょう。ロバートはその間に、自分の仕事を他に引き継いでもいきました。どの程度時間をかけたか、正確にはわかりません」
相変わらずエリックの言葉には棘があったが、マーティンは気づかなかったらしい。
「すごいですね。その前任の方、ロバートさんでしたっけ。僕なんかが引継ぎで大丈夫でしょうか」
「今後、イサカの町で必要であろうことのために、法学者として、あなたは派遣される予定です。ロバートと同じである必要はありません」
「そうですか。師匠の推薦もいただきましたし、頑張らせていただきます」
「町の方にあなたの熱意が伝わると良いですね」
ようやく、エリックがほほ笑んだ。
「あの、質問いいですかね。割り込んですみませんが」
資料を繰っていたカールがエリックに声をかけた。
そのまま、三人は資料をもとに、話を始めた。レオンはただ、それを聞くともなく聞いていた。
ノックの音とともに、近習がもう一人、入ってきた。
「さて、意見が一致したぞ」
「頃合いもよいですね」
そう言って立ち上がったエリックは、レオンの目の前に立ち、それにもう一人も並んだ。
レオンは、いつでも立ち上がれるように、ソファに浅めに腰を掛けていた。しかし、エリックともう一人の近習が、異様なまでに距離をつめてレオンの目の前に立ち、身動きがとれなくなった。
「無礼な」
レオンの言葉に、エリックは表情を変えず、もう一人はふてぶてしく笑った。
「怖いか」
「何を、無礼な、お前、名はなんという」
声を荒らげたレオンに、二人は動じた様子もなかった。
「そのようにおっしゃられずとも、名前くらい名乗らせていただきますよ。私はエドガー。ここにいるエリックの従兄弟、そして、ロバートにローズの面倒を見るようにと託されたものです。以降、お見知りおきを」
「無礼者」
「なぜでしょうか。私達は、ただ、立っているだけで、何もいたしておりませんが」
エリックは丁寧な口調のまま、表情一つ変えない。
「少なくとも、お前が小さなローズにしたみたいに、大声で怒鳴りつけたりなんかは、してないなぁ」
エドガーは、レオンを馬鹿にしたかのように笑った。
「自分より、はるかに体躯に勝るあなたに、怒鳴りつけられたローズが、どれだけ怖かったか、あなたにわかりますか」
「ずいぶんとでかい声で、罵倒してくれたよな。珍しくエリックが殴り込みに行きそうだったから、引き留めるのに苦労したね。あの子が孤児なのは、あの子のせいじゃない。あの子にとってどうしようもないことで、詰って、優越感に浸って楽しかったか」
二人はかわるがわる畳み掛けてきた。
「あなたにとって、他人に聞かれたくない話もあるかもしれないからと、人払いした小さなローズの気遣いも、無駄になさるような大声で、いろいろ仰ってくださいましたね」
「私は謝罪したし、あの子は気にしていないと」
レオンの言葉に、エドガーは鼻で笑い、エリックはわずかに片頬を吊り上げた。
「謝ったからって許されると思うのか。甘えるな。許すか許さないかを決めるのは、お前じゃない」
「そもそも小さなローズは、あなたに腹をたててすらいませんから、ご心配なく」
「大きな声でびっくりした。大丈夫。と言っただけだ。口ではな。手は震えてたがな」
「あの子は、孤児院からたった一人で、歩いて王太子宮までやってきました。イサカの町を救う方法を、会ったこともない王太子殿下にもたらすために。あなたにその勇気がありますか。子供を怒鳴りつける勇気はおありのようですが」
「子供を怒鳴って、怯えさせて、粋がってるお前なんかにあるわけねぇよな。悩んでるのが自分だけだと思うな。甘えんな」
「レオン・アーライル様。腕に覚えのあるあなた様は、我々二人の存在など、露ほどでもないでしょうに」
「小さなローズが、自分より大柄な人間から怒鳴られるってのはどんな気分だったんだろうな」
従兄弟だという二人の非難は止まらない。
「お前たちに、そこまで言われる理由はない」
レオンも怒りを覚えてきた。
「あなたがローズを怒鳴る理由はあったのでしょうか」
「黙れ、無礼者、たかが近習の分際で、貴族の私に無礼な、勝負しろ」
「ほお、勝負ねぇ」
「勝負ときますか」
エドガーとエリックの二人が、馬鹿にしたように笑った。
「黙れ、決闘だ」
レオンの言葉に、エドガーが獰猛な笑みを浮かべた。
「ほぉ、面白れぇ」
「では、外に行きましょうか。ご案内しますよ」
エリックの言葉と同時に、レオンの目の前に壁のように立っていた、二人が突然引き下がった。レオンの目に、マーティンとカールが飛び込んできた。
「あの、あの、その、決闘というのは」
「マーティンさん、こういうときは黙っておくものです」
マーティンをカールが止めた。
「悪いな、同席させて」
「人払いをしては、歯止めが利かなくなりそうでしたので、あえて御同席いただいたようなものです。申し訳ございません」
殺気だっている従兄弟二人の言葉にカールがひきつった笑みを浮かべた。
「いえ、私たちには何らお構いなく」
「カールさん、止めないと」
マーティンはそういうが、明らかに腰が引けている。
「無理ですよ。物静かな人間が怒ったときが、一番怖いんですから」
カールは首を振った。