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38)アラン・アーライルの訪問

時間的には、28)29)ごろの出来事です。

 その偉丈夫を見上げたローズの首が仰け反った。かつて見た光景を思い出し、アレキサンダーはこの場にいない、乳兄弟ロバートを思い出した。


「アラン・アーライルと申します。お世話になっておりますアーライル子爵は父です」

「はじめまして。ローズと申します。お父様には沢山ご尽力をいただいております。ありがとうございます」


ローズは見上げていた首をもとに戻し、お辞儀をした。毎日のように訪れる来客を相手にしているせいか、アレキサンダーからみても随分と上手くなった。


 鍛え上げた肉体を持つアランを見て、驚いた様子が、普段の大人びた様子に忘れがちなローズの年齢を思い出させた。挨拶し終わったとたん、ローズの興味は別に移った。


  アランが連れてきた部下を見たローズの首が、もう一度仰け反った。

「ヒューバートと申します」

「初めまして。ローズと申します」

ローズはまた、お辞儀をした。もう一度、長身のヒューバートを見上げてから、ローズはアレキサンダーを見た。


「ロバートと、一緒くらいですか」

「おそらくな」

アレキサンダーの視線に、申し訳なさそうにヒューバートが背をかがめた。


「気を遣わずともよい。イサカの町に派遣したロバートと、どちらが背が高いかと思っただけだ。あれも長身で、私を見下ろしてくる。今頃何をしているやらだ。仕事の報告はしてくるから、生きていることは分かるが、それ以外はろくに知らせてこない。薄情なやつだ」


ロバートは、職務上必要なことは知らせてくる。それ以外は、書類の隅に書いてくるだけだ。イサカの町から出る書類は一度転記されているため、警戒しているのだろう。ロバートの用心深さを考えれば当然の行動ではある。だが、心配なものは心配だ。


「父の部下からの報告の記録がありますが、ご覧になりますか」

「イサカの町からの、書類の持ち出しは禁止のはずですが」

アランの言葉に、ローズの鋭い声が飛んだ。

「口伝です。なので、詳細までは分かりません。ただ、鍛冶屋の世話になるようなことは最近は無いそうです」

アレキサンダーを見ていたアランが、一瞬ローズに視線を送った。


「後で聞こう」

アランは、剣を鍛えなおしていたということを匂わせた。遠まわしな表現を選んだのは、子供のローズに気を遣ってのことだろう。ローズのいない場で聞いた方がよいとアレキサンダーも判断した。


「鍛冶屋の世話って」

「町の鍛冶屋は、色々なものをつくりますから」

ヒューバートが、ローズに適当なことを言ってごまかそうとしていた。ローズ相手にそのやり方は問題がある。何か隠していると悟らせるようなものだ。それよりも、興味ある話題を提供した方がよい。


「口伝の説明をしてやってくれ」

アレキサンダーの言葉にヒューバートが一礼した。

「物資の輸送には騎士団が必ず同行しておりますから。伝言を託すのです。後に伝言を正しく伝えることができたかの検証も、行う予定にしております」

「口伝は難しいですか」

「内容が変化してしまうことが多いですね。ただ、今回に関しては、内容を聞いたものが、必ず書面として、アーライル家に届けていますから、比較的間違いは少ないでしょう」

「そうですか。本来は難しいものなのですね。改善する方法はあるのかしら」

アレキサンダーが狙った通り、ローズの興味がそれていった。


 これ以上、イサカの町の件を話していると、ローズが勘づきかねない。アレキサンダーは、アランが訪ねてきた要件に話題を変えた。

「今日の要件は、昨日、アーライル子爵からの申し出の件に関してか」

「はい」

アレキサンダーの言葉に、アランが頷いた。

「人払いだ」

アレキサンダーの言葉に、近習達が一斉に退出した。

「ヒューバート。お前もだ」

「承知しました」

アランの言葉に、ヒューバートも退出していった。


 アランが、当然のように部屋に残っているローズに一度目をやった。おそらくは、父親のアーライル子爵から、イサカの町の件にはローズが深く関わっていることを聞いてはいるだろう。だが、人払いしたはずの部屋に、子供が当然の様に残っている光景は異様でもあった。

「父から、弟のレオンを、イサカの町へ派遣してくださるようにと、王太子殿下にお願いしたと聞いてまいりました」

アランの言葉にアレキサンダーは頷いた。

「私からもぜひ、お願いいたします」


アランは、アレキサンダーを前に跪いた。

「わが弟レオンは、戦略全体を構想し、練ることに才を持っていると私は考えています。私は最前線で戦うことはできますし、腕も立つと自負しております。鍛錬は苦になりませんが、戦略全体を考えることは、不得手です。一つ一つの戦に勝つことが、戦争に勝つには必須です。しかし、戦に勝つだけでは、戦争全体に勝てるとは限りません」


 そのあと、アラン・アーライルに、アーライル家の跡継ぎ問題を発端とした、内部争いを打ち明けられ、アレキサンダーは内心の動揺を抑え込んだ。


「今のところは、表立っては何も起こってはおりません。しかし、父は足の怪我もあり、今のままの地位に長くいることは難しいでしょう。弟が成長するにつれ、問題が大きくなるだけなのです。弟は、計略には長けますが、自らの策略に溺れがちな面もあります。私も弟も実践の経験がありません。戦ではありませんが、人を指揮する経験を積むことになるでしょう。また、周辺地域の安定のため、武力が必要な場合には、実際に指揮を執る経験を積むことにもなるでしょう。失礼ながら、わが弟レオンの統率力の有無を見極める試金石として恰好の舞台と考えております。ぜひ、弟を派遣ください」 

アランは失礼ながらといったが、実際に本当に無礼だった。


「かの町に、今派遣しているのは、私の名代だ。その仕事を引き継ぐにあたり、アーライル家の跡継ぎ候補に経験を積ませるだの、実力の試金石だの格好の舞台だの、アーライル家は、この一件を私物化するつもりか」

アレキサンダーの語気は鋭くならざるを得なかった。

「いいえ。そのようなつもりはございません」

跪いていたアランが一層身を低くした。


「王太子様。アラン様に確認したいことがあるのですがよろしいでしょうか」

ローズの声は普段と変わらず冷静なようだった。

「構わぬ」

アレキサンダーの許可を得たローズは、真剣なまなざしをアランに向けていた。

「アラン様、質問があります。アーライル子爵家として、次男の方レオン様が家督を継いだら何か、問題はおこりますか。あるいは、反対意見はありますか。反対意見の根拠はありますか」


ローズの質問に、今度はアランが考え始めた。

「アーライル子爵家としては、実力があればだれでもよいのです。実際に私の高祖父、当代の子爵の曾祖父は傭兵でした。実力を示すには実戦が一番ですが、今は戦はありません。それぞれ意見を言ってくる分家も、誰にどういった能力があるのか今一つ分かってはおりません。見た目で分かりやすい体躯が勝り、長男である私が継げばいいというだけです。根拠などないのですよ。逆を言えば、根拠となるものがあれば、私でも、弟のレオンでも、さらに優れた別の誰かでもよいのです」


ローズが子供であるためか、アランの口調は穏やかで、わかりやすいように話してやっていた。


「次男のレオン様が家督を継ぐに足る実力があると言う、根拠となる功績を立てるために、イサカに派遣してほしいと言うことですか」


「おっしゃるとおりです」


「逆に、レオン様が実力を示すことができなかった場合、家督を継ぐに足る方ではないということになるのではありませんか」

ローズの手厳しい言葉にも、アランは動じた様子もなかった。


「その場合は、いたしかたありません。私が家督を継ぎ、補佐となる者を探すことになるでしょう。ただ、私が家督を継いだ場合、その次の世代が問題となります」


アランの話にアレキサンダーは首を傾げた。


「同行されたヒューバートさんは、アラン様の大切な方ですか」

単刀直入なローズの質問に、驚いたのはアレキサンダーだけではなかった。

「よく、おわかりになりましたね。事情を話さねばならないと思い、ヒューバートを連れて来たのですが、見抜かれるとは」

アランが唖然としていた。


「孤児院で育ちました。教会での結婚式は、私達孤児にとっては憧れです。よく見に行っていましたから、何となくそうかなと思っただけです」

ローズは微笑んだ。ライティーザ王国の国教である聖アリア教は、同性の結婚も認めている。全ては神の意志であり、祝福されるべきものだからだ。周辺の国の宗教や習慣との大きな違いだった。特に南のミハダルでは、彼らが信じる火の神に背くとされ死罪だ。ティタイトでもむち打ちという刑罰がある。そのため、ライティーザには聖アリア教に改宗し、移住し、同性婚をしている他国出身の者が少なくない。


 貴族の間でも同性婚は珍しくはない。ただし、子を残し家を存続させるという責務を負う当主や嫡男の場合は厳しい目が向けられていた。同性婚では子供が生まれず、跡継ぎを誰にするかという問題が生じやすい。


 親戚の子供を養子とし跡を継がせることもできるが、血縁関係の近さ、各自の能力のどれを優先するかなどで、揉める原因となる。世襲でないはずのライティーザ王国総騎士団長を代々排出しているアーライル家は、貴族の中では異例の実力主義を旨としていた。代々の当主の中には、実子がいるにもかかわらず、より優れた者を養子として、家督を継がせたものもいるほどだ。


 周辺国と休戦状態の今、実子二人が実力を示す場を得ることは困難だ。当然、他の者にも当てはまる。アラン・アーライルが誰を養子にとるかが、また問題になることは目に見えていた。


「アラン様と、ヒューバートさんがご結婚されたら、その次にどなたが継ぐか、また同じことが問題になるということですか」

自力で理解したローズの質問に、アランが目を見張った。


「えぇ、おっしゃる通りです」

アランがローズを見る目が変化していた。アレキサンダーもかつての自分を思い出した。


「次男であるレオン様は、子爵様やお兄様であるアラン様のお考えをご存じですか」

ローズの質問に、アランは首を振った。


「親族や分家が、どちらが継ぐのかということで口を差し挟んでくるようになってからは、あまり話が出来なくなってしまいました。兄弟故に、一度、関係がぎこちなくなると、どう仲直りしていいか、難しいものです」


ローズが真剣に考えはじめた。半眼になり考え込む様子は、ロバートによく似ていた。

「アラン様、改めて、もともとの王太子様の御計画をお話しさせていただきます。今回は国からの騎士団を派遣し、周辺の把握につとめる予定でした。そのあとから周辺の町や国境地帯の治安確保のために、本格的に人員を派遣するという順序で計画しておられました。お父様のアーライル子爵様には、周辺地帯の治安確保をする段階に、お手伝いをお願いする予定でした。つまり、今回の後任を派遣し、イサカの町が落ち着いた後に、アーライル家の方々にご尽力をお願いする予定はあるのです。それでは、時期が遅いですか」

ローズの質問は当然だ。焦らずとも、イサカの町の疫病の対策は、手始めに過ぎない。後の計画に参加し、功績をたてれば十分なはずだ。


「戦う力を示すだけでは、おそらく一族を説得できません。逆に、因縁のあるイサカの町での功績があれば、一族は納得するでしょう。人を指揮するということは、平時では町の民を束ねることであり、戦場では、騎士や兵士を束ねることでもあるのです」


「人を束ねる経験であれば、わざわざ、因縁のある町である必要はないのではありませんか」


「あの地を知る者は、一族に多く存命です。その者たちを納得させるには、イサカの町での功績が、大きく影響します」


「アーライル家の方々にとって、因縁のある地です。イサカの町の者にとってもアーライル家の方は因縁のある方でしょう。派遣された弟君の御身に何かある危険性があるとお考えにはなりませんか」

戦を知る者に、弟が殺されてもいいのかというローズの質問にも、アランは動じた様子はなかった。


「それを乗り越えねば、実力を示したことにはなりません」

アランの言葉は厳しかった。


「レオン様を信頼されているのですね」

ローズの言葉に、アランが目を見開いた。


「そう、いうことになりますね」

アランは、今気づいたと言わんばかりの様子だったが、嬉しそうだった。


 アレキサンダーも、手厳しい兄だと思ったが、弟の実力を信頼しているからこその、厳しさだろう。


「仲良しのご兄弟なんですね」

屈託のない笑顔を浮かべたローズの言葉に、アランは笑顔になった。


「ありがとうございます。ここのところ、後継問題で、弟ともぎくしゃくしていましたが、そうですね。確かに、弟は、今でも可愛い弟です。随分大きくなってしまいましたが」

ローズがアレキサンダーを見た。


「王太子様。一度、レオン様にいらしていただきませんか。私はレオン様とお会いしたことがございません。他の派遣予定の方と同じく、一度王太子宮にいらしていただいて、判断させていただいてはどうでしょう」


「構わぬ。お前の好きにしろ」


「ありがとうございます」

ローズはにっこり笑った。アランは驚きの色を隠せないようだった。子供のローズの意見が、アレキサンダーに採用されたのだから、当然といえば当然だろう。


「ローズ、この後は騎士団の話になるから、お前は下がっていなさい。廊下に控えているだろうから、近習たちに声をかけてくれ」


「はい。私は図書館にいってきます」

ローズは椅子から滑り落ちた。


ローズは、外で待機していたエドガーに連れられて部屋を出て行った。


「アレキサンダー様、あの方は」

アランの言葉に、アレキサンダーは、笑みを隠しきれなった。


「あれはなかなか将来が楽しみだとは思わんか。多分だが、アーライル家の来歴を調べに行ったぞ。あれは」

まだ驚いたままのアランに、アレキサンダーは、ローズを下がらせてまで聞きたかった内容を聞き出すことにした。


「鍛冶屋の、刀鍛冶の世話になった件について、報告してもらおうか」

「口伝ですので最低限の情報しかありません。ご期待に添えますかどうか」

アランは遠慮がちだった。


「構わぬ。そもそも、ほとんど何も知らせて来ない奴だ、少しでも何かあるだけでも違う」


「白刃を交える機会が数回あったが、怪我人は無かったと言う報告程度です。殿下の名代として遣わされているロバート様が腕が立つと、父の直属の部下4人が、こぞって褒めておりました。それ以外はわかりません」


「そうか。ロバートは、刺客を相手に実戦の経験を積んだようなものだ。決して弱くはないが、一人ではどうにもならん。子爵が騎士を派遣すると申し出てくれたが、直属の部下とはな。礼を言っていたと伝えてくれ」


「かしこまりました」


「今後も何か連絡があれば、こちらに報告してほしい。イサカの町の封鎖を解くまでの間は、書類は全て転記される。転記されている間は、ロバートは必要事項以外は連絡してこない」


「はい」


今回は、怪我人は無かったという話を聞くことができた。戻ってくるまで油断はならない。アレキサンダーの命を狙うものは、今もいる。そういった者たちは、アレキサンダーの最も身近にいて、盾になってでも護るロバートを、先に殺そうと考えるだろう。


「私はロバートを名代として派遣したが、彼の地に捧げたわけではないからな」

「はい。父も私も、父が派遣した者達も、殿下の腹心が王都に無事にお戻りになられるよう、邁進させていただきます」

アラン・アーライルの返事にアレキサンダーは頷いた。


本編にいれるか、幕間にいれるか迷いました。

時間軸に沿っておりませんが、大事な話なので、本編に入れました。

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