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35)レオン・アーライルの反発

レオン・アーライルの反発

 翌朝、レオンが普段より早めに到着すると、待ち構えていたように、ローズに聞かれた。


「あなたの答えは?」

レオンが口を開かずにいると、ローズが微笑んだ。

「大丈夫、あなたが何を言ってもあなたのお父様には黙っておきます」


近習は今日も部屋の外で待たされている。人払い、ということなのだろうか。レオンは、ローズに見透かされているような気がした。

「兄が誇る武術ではないように思うのです」

日々鍛錬に明け暮れる者たちが集う屋敷では、決して言葉に出来ないことが、レオンの口をついて出た。


「では、何?」

「戦略、知性でしょうか」

「戦略、知性、他に?」

「人を動かす力かと」


レオンの言葉に、ローズが満面の笑みを浮かべた。

「少なくとも、あなたのお父様はそう思っているご様子です。今回、私はあなたに町の行政、治安に対しての指導役、監視役を担っていただく予定です。町の人の気性は、あなたはお父様から聞いてご存じでしょう。彼らは本来あなたに従う者ではありません。そういう人たちをも動かす力をあなたに身に付けてほしい、人を率いる経験をしてほしいと言っておられたわ。今は実戦がないから」

「しかし、私には兄が」

「あなたはどうしたいの」

ローズが遮った。


「あなたの人生よ。どう生きるかはあなたが決めたらいいのに。お父様、お兄様でなく、あなたはどう生きたいの」

貴族の言葉を断ち切る無礼さには腹が立った、家族というしがらみのない孤児の無神経な言葉は、許せなかった。

「貴様のような孤児に何がわかる!どうあがいたって、私では兄に勝てない。先に生まれ、身体的にも恵まれた兄がいる、この悔しさがわかるわけないだろう。戦略、戦術に関しては私の方が長けているんだ!」


思わずレオンはローズを怒鳴りつけていた。子供相手にしまったと思ったが、レオンを見るローズには、怯えた様子もなかった。

「つまり、あなたは戦略戦術に長けた自分のほうが、家を継ぐにふさわしいと思っておられるのかしら」


椅子に収まったままのローズの口調は変わらなかった。孤児などに一瞬とはいえ、気遣いをした自分に腹も立った。

「うるさい、親もない、家もない、孤児のお前に何がわかる。あぁ、そうさ、兄は一つ一つの戦いには勝てるだろうが、それだけだ。国全体の戦では、それだけじゃだめだ。国王陛下につかえ、この国の軍をつかさどるには戦略が必要なんだ。兄はそういうことには関心がなさすぎる」

 

 兄に劣るとはいえ、同年代の男性よりも体躯がまさるレオンの大声にも、ローズは動じた風もなかった。

「あなたのお父様もお兄様も、同じようにお考えです」

静かなローズの声が、レオンの耳を打った。

「あなたのお兄様にもお会いしました。お兄様は心身の鍛錬そのものにご関心がおありだとおっしゃっておられました。人を動かすようなことは、戦略、戦術が優れたあなたに任せたいとお考えです。ただし、あなたに家を継ぐ覚悟と、その実力があれば。お兄様がレオン様の実力を見極めようにも、周囲の方々に認めさせようにも、実戦がない今はとても難しいから、困っておられたそうです。今回の件を、『わが弟レオンの統率力の有無を見極める試金石として恰好の舞台と考えております』とおっしゃっておられたわ。逆に、あなたにその覚悟や実力がないなら、それに秀でた人を探して、その人を副官、補佐だったかしら、にするおつもりだとおっしゃっておられました」


兄のそんな考えなど、レオンは聞いたことがなかった。

「兄がそんなことを。兄に会ったと」

「私に会いにいらっしゃいました。随分と大きい方ね。ふつうの人の太腿なんじゃないかっていうくらい太い腕でびっくりしたわ。椅子が小さく見えてしまいました」


実際に兄にあったとしか思えないことをローズは言った。レオンは、兄からは、何も聞かされていなかった。

「レオン様のお父様とお兄様にとっての問題は、あなたの覚悟、あなたのやる気、あなたの実力、それを確かめて証明したいそうです。イサカの町はあなたに縁もゆかりもありません。あ、お父様の件があるから、因縁はあるのかしら。そういう町の人を束ねることができたなら、それはあなたの実績となるでしょう。そうすれば、反対する意見を封じやすい。あなたに家督を相続させやすいと、おっしゃっておられたわ」


「父と兄がそんなことを。私には何も」

二人とも、レオンには家督相続に関することなど、一切言わなかった。


「あら、言ったらいけなかったのかしら。言っちゃだめって、口止めされてなかったはずですけど。全てはレオン様次第です。でも、そういったおつもりがないのでしたら、お互いに時間の無駄です。いつでも帰っていただいて結構です」

ローズが椅子からすべり降りた。推定十二歳の孤児だが、背が低く、十歳程度にしか見えない。


「他の2人もそろそろ来る頃です。今日の分のお話は予定通りに始めます」

レオンの大声にも動じない冷静さが、こんな子供にあるとは思えない。


 ローズがノックすると、即座に扉が開き、近習が入ってきた。

 常にローズに付き添っているエリックと呼ばれていた近習は、レオンを鋭く睨みつけてからローズをかばうようにして連れて行った。レオンがローズを怒鳴りつけた声が、扉の外まで聞こえていたとしてもおかしくない。ローズを丁重にあつかうあの近習エリックが無礼なほど睨みつけた理由もわからないではない。


だが、大声が聞こえたなら、扉を開け踏み込んできてもいいはずだ。ローズは自分が声を荒らげることを予測し、近習に伝えていたのだろうか。  

「父と兄が」

つぶやいて気付いた。今回の件、自分は教えを請うべき立場だ。父の命令に背いてしまった。


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