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31)商人カール1

 ノックの音に、近習が扉をあけた。ローズが礼を言っているのが聞こえた。


ウォッシュスタンドに背の届かないローズに近習が手を貸し、台に乗せてやっていた。紅茶だけでいいという声に、近習が、あなたが菓子を食べてくれないと厨房が悲しむなどといっているのが聞こえてくる。


 近習はローズのために、紅茶と菓子を用意して、ローズの前に置いた。

「ローズ、一つ聞かせてもらえますか」


 少女が孤児だという噂を、カールは耳にしていた。孤児を相手に、近習たちは丁寧な口調で話しかけ、まるで貴族の子女のように大切に扱っていた。奇妙さにもっと早くに気づくべきだったのかもしれない。己が迂闊だった可能性に気づいたカールは焦った。突然、茶も菓子も味がなくなった。


 貴族社会の身分関係は絶対だ。王太子アレキサンダーの近習ともなると、貴族の子弟や、長く仕えてきた家の子弟が多い。身分どころか親もない孤児に、近習達が丁重に接している理由を考えるべきだった。


 あの日、アレキサンダーにイサカの町での商売の再開を陳情するため、謁見を申し込んだ。まさか一介の商人を相手に、王太子であるアレキサンダー本人が現れるなど思っていなかったから、舞い上がってしまった。その場にいた少女の、町の商家の倒産を防ぐという提案に、乗ってしまった。今回の件で、アレキサンダーに取り入ることができれば、商売につながる。そう思っただけだった。


 あの時の小娘が、この件にどれほど深くかかわっているのか、調べておけばよかったと思うがもう遅い。


「なぜ、あちらの方々をロバートの後任に選んだのか、よろしければ彼らと私に教えてください」

「あら、私、言わなかったかしら」

近習の言葉に、ローズが首を傾げた。


「そうだとしたらすみませんでした。訳も分からずあの町に行けと言われても、あなた達も困りますものね。少なくとも、カールさんにはお話ししたつもりでしたけど。あの町は通商交易の主要な拠点です。あの町の復興に、商人であるあなたの手をかりたかったのです。今はまだいいですけれど。なんとしても小麦の収穫前後には、物の流れを元に戻さないと、新たな問題が生じかねませんから」

「小麦の収穫?」

疫病とは全く関係ない作物の名を、カールは思わず繰り返した。



「えぇ。収穫の時期には沢山の取引がありますし、商品も移動します。イサカは国内だけでなく、隣国との取引においても重要な役割を果たしてきた町だとききました。取り扱える商品の品数、量は、周辺の他の町が、取って代われるようなものではないそうですね。


 小麦というのは一つの例です。小麦があっても、運んで行って売ってくれる人がいなくては、小麦畑から人々の口にパンは届きません。お金に換えてくれないと、何もやり取りできません。他もみな、同じです。物があるというだけでは、何にもなりません。


 新しく通商の拠点を用意するには時間がかかります。それまでの間、物の値段、特に小麦のような人々の生活にかかわるものの値段が暴騰したら、人心が乱れます。国の安定に関わります。なんとしても、収穫時期よりも前に、あの町には通商拠点としての活動を再開してもらう必要があります。逆に、それができないのであれば、別の町にそういった拠点を準備しなければいけません。ですが、その場合、あの町の商家、商家で働く沢山の人達の収入が絶たれてしまう。疫病から逃れても、仕事が無ければ結局人は死んでしまいます。それを防ぐため、商人の協力が欲しかったのです。そんなとき、ちょうどあなたが陳情に来られました。丁度良いと思って、商家が潰れないように、手を貸してほしいとお願いしたのですけれど」


琥珀色の目がカールを見ていた。


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