30)後任の候補達
後任の候補達は、イサカの町に行くには、知っておかねばならないことがあるため、王太子宮にしばらく通うようにと指示された。集められた三人は、互いに全く面識なく、部屋の中で顔を見合わせた。
三人の前に現れたのは、少女だった。イサカの町の疫病は、王太子アレキサンダーが全権を担っている。さすがにアレキサンダー当人が現れるとは思っていなかったが、少女が現れるとは思っていなかった。
近習に付き添われた少女は、優雅に一礼をした。
「初めまして。私はローズと言います。イサカの町での疫病の対策に関して、アレキサンダー様の補佐をさせていただいております。今回、イサカの町に向かわれる皆様に、アレキサンダー様に代わりまして説明をいたします。よろしくお願いいたします」
家名が無いということは、平民の子供だ。その子供には、本来、王太子に仕えるはずの近習が一人付き添っていた。
「よろしければ皆様、お互いにお知合いになるべく、お名前をおっしゃっていただけませんでしょうか」
ローズの言葉に、三人の一人が答えた。
「あぁ、それはよろしいですね。私はマーティン、法学者です」
一人名乗れば、他もそれに続かざるを得ない。
「私はカール、商人です。イサカ周辺とは取引があります」
「レオン・アーライル」
三人それぞれの様子にも、ローズは動じた様子もなかった。
「ありがとうございます。では、この資料に基づいてまず、説明いたします」
ローズは手元の資料を広げた。
「この資料は、あなた方の前任であるロバートが、私の説明を元に纏めました。現地からロバートが送ってきた情報も、日々追加しています」
資料の説明と言っても一日中ローズの話を聞く必要もないらしい。王太子宮にいるためか、説明の合間に、貴族の習慣であるお茶の時間もきちんと用意されていた。だが、ローズは、三人を残して、迎えにきた別の近習と出て行ってしまった。
「あの子はどこへ」
「あなた方の指導以外にも、あの子にはやることがあります」
マーティンの質問に、給仕をしていた近習はそう答えただけだった。
翌日も同じだった。少女は手元の資料を説明し、お茶の時間になると、近習に連れられて部屋から出ていった。
「あの子が何をしているか、内密にする必要がありますか」
カールの質問に、紅茶を注いでいた近習が目を上げた。
「少なくとも、休憩はしていません」
ほとんど表情を変えない男が、明らかに棘のある口調でこちらを見ていた。
「なぜ、あなたにそんなことを言われなければならないのでしょうか」
マーティンの言葉に、近習は苦々しい表情を浮かべた。
「あなた方が、ロバートの後任であることは分かっています。ただ、小さなローズに、あなた方が負担をかけているのは事実です。あなた達に、あの町を救うという覚悟は本当にありますか。あなた達の手元の資料は、ロバートがまとめたものです。彼は、後に続く誰かのためにそれを作りました。ロバートは、出発直前まで、その資料をローズと確認していました。私たちは資料を写しました。あなた方はそれを見ているだけです。二日目です。手元に資料があるのに、あらかじめ読んでもおられない。資料を持っていくことができないことは、ご存じのはずです。自分で写して持っていく分を用意しなくてよいのですか。その内容をすべて覚えていられるのですか。あなた方が、小さなローズやロバートの努力に胡坐をかいているようにしか、私には思えません」
手厳しい近習の言葉に、三人とも何も言えなかった。
「小さなローズは、昨日は学者と、今日は、次に町にいく司祭やシスターと会っています。聖職者達は互いに教えあっているので、ローズの手を煩わせることはほとんど無くなりました。確かに、何度も入れ替えを経験し、イサカの町を知る者が多いという利点が聖職者の方々にはあります。あなた達は、後任の誰かに、いずれ自分たちが教えるという自覚はありますか」
資料は初日にすべて渡されていた。ローズは、三人の理解度を見ながら話を進めてくれている。ローズは何も言わないが、三人が資料をあらかじめ読んでいないことくらい気づいているはずだ。
「一つ聞きたいのだけれどね。君は常にいるね。もしかして、君は予備の人員かな」
カールの言葉に、近習は少し乱暴にティーポットを卓上に置いた。
「えぇ、無論です。志願しました」
「なら、君が行けばいい」
「それは殿下の御意向とはことなります。あなた方はなぜ、ご自身が選ばれたのか、お分かりではないのですか」
近習の言葉に、カールは肩をすくめた。
「なぜ選ばれたかなんてね。あの町は通商の拠点だから、商人としては、さっさと封鎖を解いて欲しいって陳情に来たら巻き込まれただけだよ。俺は。まぁ、現状は無理だってのはわかったけどな。何とか疫病を広めない程度に商売を再開する方法が欲しいだけさ。町の商家がつぶれないように手を貸してくれっていわれたのもある、義理立てしておくのも悪くない」
カールは菓子の一つを口に放り込んだ。
「父の命令だ」
レオンも菓子を口にした。おめおめと帰るつもりはないが、自覚が足りないなど、他家の近習に諭されるのは不本意だった。
「私は師匠に、町の立て直しに興味がないかと言われて、頷いたら、ここにつれてこられたのです。ちょうど隣町の出身ですし」
マーティンは、紅茶に口をつけた。