24)王都に残った者
ローズは与えられた部屋の床一面に町の地図を広げていた。ロバートの報告をメモした紙を、地図にピンでとめていった。教会や修道院だけでなく、公園や井戸、学校、下水の配置などは地図に記した。感染者を示すピンは徐々に減り始め、市場を中心とした一帯だけとなっていた。
一か月を越えたころ、ロバートからの手紙には前向きな内容が増えた。
ローズの指示通り、町の生活全体を変えた結果、町の感染者が減り始めた。死者も減った。死者の弔いも滞りなく行われるようになり、町に漂っていた凄惨な殺伐とした雰囲気も和らいでいった。国王と王太子や、各地の貴族からの支援物資を、町のあちこちに届ける体制も整った。国が、町のすべての者を、貧富に関わらず救おうとしていると、町の者達が知るようになった。町は少しずつ落ち着いてきているとの連絡に、ローズも安堵した。
アレキサンダーはかならず日に一度は、地図を前に考え込んでいるローズを訪ねてきた。
思っていたよりも、感染者の発症している範囲が広く、原因となりそうな井戸も多い。
井戸を塞ぎ、必ず一度沸騰した水を飲むようにしても、感染者の散発的な発生は止まらなかった。隠れて井戸の水を飲んでいるのかもしれないとも考えた。だが、どんな死に方をするのか、見ているからそれはないとロバートは断言してきた。
「何かあるはずなの」
人が集まるのは市場だ。だが、市場の何が原因なのかはわからない。市場を広場でなく、通りの一つに移させたところ、相当な不満の声はあがったらしいが、感染者数は激減した。
これで解決だ、という意見もあったが、ローズは、アレキサンダーに、その意見は却下すべきだと伝えた。封鎖がとかれたら、人々は必ずもとの広場で市をひらく。そのほうが慣れているからだ。だから、原因を突き止めると主張した。今、譲歩したらすべてが水の泡になるというローズの言葉に、アレキサンダーは頷いてくれた。
市場を移動させてから十日がすぎ、さらに感染者数は減り続け、もはや問題は解決だとの意見がさらに増えてた。人も物も金もかかる町への支援へ、消極的な意見が増えている。国境の町の支援など、王家の酔狂だというものまで現れ始めていた。そろそろ貴族を抑え込むのは限界だと、ローズに告げたアレキサンダーの顔には厳しい表情が浮かんでいた。
その日の夕方、一通の手紙が、ロバートから届いた。市場の近くに生活用水として使われている水場がある。おそらくそこが原因だ。飲み水ではないが、生活用水に使う。既に封鎖した。次の手紙が届くころには結果が出ているはずだ。あと少し待って欲しい。
ロバートからの短い手紙には、簡単な地図も添えられていた。感染者を示すピンの、ほぼ中心にその水場はあった。
アレキサンダーへの使いを頼み、すぐさまやってきたアレキサンダーにローズは告げた。
「感染源はわかりました。水場です。ロバートが既に止めています。水場が汚染された原因を調べるには、周辺の土を全部ひっくり返す必要があります。誰に許可をもらったらいいのですか」
適任に会わせる。アレキサンダーは約束した。今すぐ会わせてほしいというローズを、グレースと侍女たちは、もう夜だと叱りつけて無理やり寝かせた。
「明日が楽しみね」
興奮していたローズは、グレースの言葉の意味を深く考えることもなかった。