22)書簡
ローズからの手紙
王都からは数日おきに様々な書類が届いた。ロバートも数日おきに報告書を書いた。
王都からの手紙の片隅に、ロバートの気遣いへの礼と、あなたも無理をしないようにというローズからの一言があった。
別れ際のローズは、その直前に自分の足を踏みつけた人物とは同一とは思えない、思いつめたような表情をしていた。危険性を誰よりもわかっているからだろう。
「気を抜いた時が危ないといわれているわ。休憩時間とか、ちょっと落ち着いてきたときとか。疲れもたまると不注意になる。気を付けて無事に帰ってきて」
無事に帰ってきてとローズは何度も繰り返した。子供ながらに、危険な地へ自分を行かせたという責任感があるのだろうと考えていた。ふと頭に浮かぼうとした何かをロバートはくだらないと切り捨てた。ベンが、惚れた女だろうがと繰り返すせいで、妙なことが頭によぎっただけだ。
生真面目なローズをちょっと困らせたくて、一つお願いをしてみた。年相応の子供らしく恥ずかしがる様子は愛らしかった。
町を出るときには、全ての手紙を焼き捨てなくてはいけない。ローズに散々繰り返し言われたことだ。何一つ持ち帰るなと。王都に、王宮に疫病を持ち込むことになるとローズは繰り返した。
王都からの書類の片隅の一言は、心温まるものだった。町の顔役たちは、余所者で王家の息のかかったロバートに友好的ではなかった。物資をロバートが握っているから、一応の協力をするだけだ。猜疑的で懐疑的で敵対的な視線に囲まれていると、さすがに心がすさんできた。
ベンと、かれの妻、夫婦を通じて知り合った町の者たちがなければ、ロバートも孤立無援となっていただろう。この町一番の病院の院長は、治療法を知るローズの代理としてロバートの話に、徐々に耳を傾けるようになった。大司祭がローズを聖女の再来かもしれないといったことで、教会関係者たちはロバートに協力的になった。
少しずつ、物事が前に進むようになっていた。
「あなたに負けてはいられませんから」
ローズはまだ十二歳なのだ。
次の手紙、ロバートはローズへのお礼を一言添えた。それ以降、ローズからの手紙の最後に、ロバートを気遣う一文が添えられるようになり、ロバートもそれに当たり障りない返事を一文程度、書くようになった。
夕食はベンの家で、騎士達と一緒にベンの妻が作ってくれたものを食べ、夫婦と話をするのが日課になってきた。請われてベンや近所の子供たちに文字も教えるようになった。棒切れで子供たちと、剣の稽古の真似事をする日もあった。
他の場所では、ローズの指示したとおりに食事を作ってくれるとは限らない。宿舎で、町の役人たちとの食事は味気ない。相変わらずの探るような視線も疲れる。それに比べると、この好奇心旺盛な男は、単刀直入に聞いてくる。周囲の騎士達の視線を気にも留めず、ベンは同じ質問を繰り返していた。
「なぁ、兄ちゃんの惚れた女の名前は?」
「だからそういう関係ではありません」
「手紙が山ほど来てるじゃねぇか」
「あれは全て仕事の手紙です」
確かに、末尾に一文、自分を気遣う文章を添えてくれてはいる。だが、それ以外は町の情報、町に対しての王都の今後の対策の予定ばかりだ。
「でも、最後の方にいいこと書いてあるんだろ?顔に出てるよ」
「それは」
ローズからの手紙を見ているときの、自分の表情など気づいていなかった。
「で、手紙は誰から?」
ここ数日、ベンはなんとしても、彼が言うところのロバートの思い人の名前を知ろうと、同じような話を繰り返していた。酔ってはいるが愛嬌のある男が、子供のように教えろとねだるのも面白い。
「ローズですよ」
教えてやってもいいかもしれないとふと思ってしまった。ロバートが黙っていても、騎士達は皆、ローズを知っている。ベンだけが何も知らないのも、悪いような気もした。
「そっか、兄ちゃんのいい人は、ローズさんか。じゃあ、薔薇が咲いてるころに来るといいな。今年はちょっとあれだが」
「あのですね、ですからそういう関係ではありません」
「兄ちゃん、頑張れ、ちゃんと言うんだ。女は、言ってくれるのを待ってるもんだって、母ちゃんはいってたぞ。どんなに賢くったって、女は女だ。言ってやれ」
ベンの頭の中では、才媛のローズに、自分が片思いをしているということになってしまっているらしい。幸いなことに、騎士達は、二人の会話が聞こえないふりをしてくれていた。
「いい返事をもらえるといいな。ちゃんと、この町に連れて来なよ。この町は本当はいい街なんだ。俺が案内してやるよ」
ベンは、常にこの町は本当はいい町なんだと繰り返した。確かに、ベンのような気のいい男と友人たちがいるのだから、悪い町ではないのだろう。