20)ベンの協力
「お前は、俺の恩人だ」
翌朝一番、ロバートはベンの挨拶に戸惑った。
「母ちゃんは、王都からの手紙にあった治療法のおかげで助かった」
ベンの言葉に、昨日の病院の院長の言葉を思い出した。
「では、感染しておられた」
「あぁ。今は元気だけどな」
「ご無事で何よりでした」
早朝の庭で、治療法があれば助かる人がいる。助かる人を助けたいと言っていたローズの言葉を思い出した。その言葉通り、助かった人はいたのだ。
「お前は恩人だ」
「あなたの感謝の言葉は、治療を知る方に伝えておきましょう。私は代理ですから」
ベンの顔に、またかと言いたげな表情が浮かんだ。
「わかってるよ。本当にお前は細かいな。いいか、俺はその人の代わりにお前に感謝するし、お前に協力する。そりゃ、ただの御者だけどな。町の通りにゃ詳しいからな、まかせとけ」
ベンの言葉遣いは乱暴だ。ここ数日の付き合いで、気の良い男であることは知っていた。
「えぇ。よろしくお願いします。まず、原因となっている場所の特定が必要ですから、あなたのような方の協力は助かります」
「最初に病院に、行かねぇか。母ちゃんが、行けってさ」
昨日の病院の院長の様子であれば、少なくとも彼はロバートの話を聞いてくれるだろう。感染者の発生状況も知るはずだから、感染源特定の手がかりを得られる期待もある。だが、その前に一つ、ロバートには解決しなければいけない問題があった。
「恥ずかしながら、食事ができるところがあれば、ご案内していただきたいのですが」
「あ、なんだ、お前、食ってないのか。庁舎のやつら、何やってんだ」
昨日の様子から、ベンは何か察したらしい。
「しばらくは兵糧があるからよいのですが」
ロバートが話した宿舎の惨状に、ベンはさすがにあきれた声をあげた。
「ひでぇな。俺の家に泊まるか?息子が出てったから場所はある。食事は俺から母ちゃんに頼むよ」
ロバートにとっては、大変ありがたい申し出だった。
「宿泊場所は連絡の都合があり変えることはできません。ですが、食事はお願いできますか。ただ、調理方法に関して、注意点がたくさんあるのですが」
「構わねぇよ、って料理するのは母ちゃんだけどな。恩人直伝の調理方法だろ?母ちゃんも喜ぶだろうさ」
食事のお代は払うというロバートに、ベンとベンの女房は助けてもらった礼だと受けとろうとしなかった。今は独立したが息子二人に比べれば、一人分くらいなんだと二人は笑い飛ばした。
ベンの女房は世話好きで、ベンは世話好きで話し好きだった。
「それで、兄ちゃんは何で来たんだ?別に誰かに命令すればいいだろ?それとも命令されてきたのか?」
年上のベンに、“兄ちゃん”と呼びかけられてロバートは戸惑った。酔ったベンはロバートの肩を抱き、上機嫌だ。振りほどくわけにもいかない。
「私は命令できる立場にありません。代わりにいくと、自分から言ったのですよ。彼女を行かせるわけにはいかなかったので」
ベンの態度に戸惑いながらも、ロバートは正直に答えた。
「彼女って、兄ちゃんに教えたのって女?」
「そうです。最もよく知っている彼女の身に何かあれば、助かるものも助からなくなってしまう。責任感から他の人に任せられないという彼女を説得して、私が来ました」
「女かぁ。兄ちゃんのいい人か」
思いがけない方向に、ベンが解釈したことに、ロバートは慌てた。
「いえ、そういうわけではありません。かわいい人ですが」
十二才の子供だ。年の離れた妹のような子だ。
「じゃぁ、兄ちゃんの片思いか」
にやにやとベンが笑う。
「なせそうなるのですか」
ローズは素直で可愛らしいが、まだ小さい。なぜあれほどの知識を持っていたのかというのも謎のままだ。
「惚れた女にいい格好したかったんだろう?自分が代わりに行きますって。いいじゃん。青春だねぇ。兄ちゃん若いねぇ」
酔ったベンが笑う
「連れてきなよ。この騒ぎが落ち着いたらさぁ。ここは本当はいい町なんだ。丘からの眺めなんて最高だぜ?春はいいぞ。花が咲くんだ。綺麗だよ。俺が母ちゃんと案内してやるよ」
「それは、確かに、喜ぶでしょうね」
花が好きな女性は多い。
「それまでにちゃんと、兄ちゃん、惚れてるって言っとけよ?私がこの町に来たのは、惚れたあなたのためですって」
「だから、どうしてそうなるんですか」
「じゃなかったら、なんでくるんだ?」
答えに詰まったロバートに、ベンは笑い続けた。