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15)アレキサンダーとグレース

「少し早いがいいかな」

受け入れてもらえることを期待しつつ、アレキサンダーは部屋の主に尋ねた。


「もちろんですわ。アレキサンダー、あなたは私の夫ですもの」

グレースは微笑んだ。


「今日は、どうされましたの」

「少しね」


招き入れられた部屋で、アレキサンダーは長椅子に腰を下ろした。

「嫁いできてくれたあなたに、寂しい思いをさせていたのではないかと思って、今更ながら、すまなかった」

隣に座るグレースの肩を抱いた。


「まぁ、本当に。今更お気づきとは」

グレースが鈴を転がすように笑った。結婚してから数年、夫婦は同じ屋敷に暮らしながら、年に数回顔を合わせる程度だった。


 アレキサンダーは自分が、王太子になるはずがない子供だと分かっていた。母は男爵家の娘であり、その実家は後ろ盾となりえない。王家の家臣の娘であった乳母アリアは、教育係として申し分なかったが、やはり権力とは無縁だ。王領の一つをいずれ割譲され、地方貴族として生きると信じていた。


 王妃が子を産まないままに亡くなったとき、すべてが変わってしまった。他に男児がおらず、アレキサンダーが王太子に任命されたのだ。


 後ろ盾のないアレキサンダーと婚約したのが侯爵家の一人娘、グレースだった。父は自分と同じ道を辿ることになる息子に、せめて妻の実家という後ろ盾をつけたかったのだろう。初対面の時、アレキサンダーは、美しいグレースに心ひかれた。だが、侯爵家の姫君に、田舎育ちのアレキサンダーはどう接したらよいかなどわからず、結果、夫婦は新婚当初から疎遠となってしまっていた。


 二人の距離が近くなったのは、ローズが王太子宮に現れてからだ。ローズは、女性の住まいである西の館に部屋を与えられながら、日中は、男性の住まいである東の館にいる王太子の元で過ごした。東の館の主である王太子と、西の館の主である王太子妃が、話し合わねばならない事態が多数生じた。本来は、互いに惹かれあっていた二人だ。今では仲睦まじい夫婦となっていた。  


「家族と離れて、嫁いできてくれたあなたに、寂しい思いをさせてしまって、すまなかった」

 アレキサンダーにとって、家族同然のロバートが、明日、イサカの町に出発する。初めて長期間別れることになる。帰ってくるはずだが、別れはつらい。自分の身に同じようなことがおこるまで、妃の心の内を察することができていなかった。


 アレキサンダーは過去の自分の不明を恥じていた。

「明日から、あなたが寂しくなりますものね」

「あぁ。同時に忙しくなりそうだが」


 ローズはロバート以外の近習を巻き込み、様々な資料を集め始めていた。これからが始まりなのだと、感じざるを得ない。


「寂しいなら、素直に寂しいとおっしゃったらよいのに。小さなローズにロバートを取られてしまいましたもの。それはそれは、あなたも寂しいでしょう」

また、鈴を転がすようにグレースが笑った。グレースの言葉が、耳に響いた。


 ロバートにローズの面倒をみるように命じたのは、アレキサンダー自身だ。命令どおり、ロバートはローズの世話をしていた。ここ数日は、二人はほぼ一日中一緒にいる。


 王太子であるアレキサンダーの名代としてロバートがイサカの町にいくためだと分かっている。ロバート以外にも近習はいるから、問題はない。だが、常に傍らにいたロバートがいないこの数日、アレキサンダーは、何か欠けたように感じていた。


「とられたなど、あんな子供に」

「仕方ありませんわ。ロバートはいつでもあなたを一番に考えておりましたもの。それこそ、私など妬いてしまいそうなくらい。それが今では、すっかりあの子を気に入ってしまって、ねぇ。あなたも寂しいでしょう」


 揶揄うようなグレースの言葉に、アレキサンダーは素直になれなかった。

「グレース。揶揄わないでほしいのだが」

「大人気ないことをおっしゃらないでくださいな。あんな健気なことを言われたら、ロバートも放っておけませんわ」


 グレースの訳知り顔にアレキサンダーは、ただ気になった一言を繰り返した。

「健気なこと」


「ローズは、自分の話が聞いてもらえないなら、自分の髪の毛を売って、路銀にしてイサカの町に一人で行くつもりだったと言いましたの。髪を短くしたら男の子みたいだから、都合がよいなど、何のためらいもなく言うのですもの。もう、私、それを聞いて声も出なくて」


 アレキサンダーも言葉を失った。

「ロバートが、子供一人で旅なんて、絶対にだめだと必死で叱っておりましたわ。何もかも、一人で解決しようとしてはいけない、誰かに頼りなさいといって。あれにはサラもあきれていましたけれど。ねぇ」

呼びかけられた侍女頭のサラが頷いた。


「そうだな」

何もかも一人で背負い込んでしまうのがロバートだ。ローズに言う前に自分自身に言えといってやりたかった。


「あのロバートが、自分そっくりな、何もかも背負い込んで無茶をする小さな女の子を見つけてしまったのです。心配で、放っておけないのでしょう」


 仕方がないと、グレースが言う通りなのだろう。

「グレース、だったら、ロバートを取られてしまった私を慰めてくれないか」

話題を変えることにした。アレキサンダーは、愛しく美しいグレースと共に過ごすために、この部屋にきたのだから。


「まぁ、仕方ありませんこと」

グレースが微笑んだ。


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