20)未来の予定1
散々あれこれ聞かれ、ロバートは疲れ果てた。料理の味など、わからない。
それに引き換え、ローズは、ロバートとの婚約をどう思うかと聞かれただけだった。羨ましい。
「ロバートは、誰か別の人と結婚すると思っていました。とっても嬉しいです」
頬を染めて、ローズはそう言ってくれた。飾り気のないローズの言葉は嬉しかった。だが、ローズへの質問は、たった一つだ。なぜ、自分だけ根掘り葉掘り、それこそイサカにいた頃のことまで聞かれなければならないのだ。疲れた。
ローズが気遣うように、そっとロバートの手に触れてくれた。いつからか、こうして二人、互いに手を触れ合ったりするようになっていた。それがいつかはわからないが、その頃から、互いに特別だったと思いたい。
「式はどうするつもりだ」
アルフレッドの言葉に、ロバートとローズは互いを見つめ合い微笑んだ。
答えやすい質問だ。今朝、二人で話し合ったばかりだった。
聖アリア教では、神の前で司祭を証人として祈りを捧げれば、結婚は成立する。国への届け出は、書類の署名のみで十分だ。
「王太子宮の礼拝堂で二人でと思っております」
「はい。春の始まり、マグノリアの花が咲く頃にと思っています」
ロバートの言葉に、ローズも続けた。ローズにとっての誕生日、マグノリアの花の咲く頃にしようと約束した。
ロバートの知る結婚式は、二つしかない。一つは、アレキサンダーとグレースの結婚式だ。結婚式も、そのあとに続いた披露宴も非常に豪華なものだった。豪華絢爛たる衣裳をまとった国中の貴族、各国からの使節の対応に追われた思い出しかない。式は滞りなく行われ、それを成し遂げたバーナードの仕事の能力の高さを認めざるをえなかった式だった。
もう一つは、アラン・アーライルとヒューバートの式だ。親族と近しい者達が二人の幸せをともに祈る姿に、心温まるものがあった。
あの優しい式がいいと思った。二人とも親族などいないから、司祭に都合さえつけてもらえば式はいつでもよい。グレース孤児院のある教会も考えたが、結婚してから報告にいきたいとローズは言った。そのほうが、シスター達や子供たちとゆっくりと会えるから、会いにだけ行くほうがいいというローズの話にロバートも納得した。
王太子宮のマグノリアの咲く頃の礼拝堂は本当に美しい。丁度ローズの決めた誕生日でもある。お祝いが二つになるから嬉しいと言うローズは、本当に可愛らしかった。
あとは、司祭に証人となることを依頼出来たらよい。おそらく頼めば、大司祭が自ら証人となってくれるだろう。聖アリア教会に寄付金を払う必要がある。生き残ってしまったロバートの過去の清算は終わった。給金を貯めれば十分足りるはずだった。
ロバートとローズの言葉に、その場は静まりかえった。
「お前がそういう子だということは、わかっていたが、やはりそうか」
アルフレッドが深いため息をついた。
「薄情なやつだ」
アレキサンダーが、皿の上の肉に八つ当たりを始めていた。
「どうせそんなことでしょうと思っておりましたけれども、実際に聞くと、本当に」
グレースが手で顔を覆っている。
戸惑ったロバートはローズを見たが、ローズも首を傾げていた。
「ロバート、俺はときどき、お前は頭が悪いと思う」
「まったくです」
エドガーの失礼な発言に、エリックが畳み掛けてきた。
「結婚式って女の子の憧れですよ。ちゃんと考えてあげないと」
夜の町に通うようなフレデリックに、女性の扱いについてなど、ロバートも語られたくはない。とはいえ、なぜ、こんな反応をされるのか、わからなかった。明らかに、全員に責められている。
マグノリアの咲く頃の王太子宮の礼拝堂は本当に美しい。人目に付きにくい場所なのに、手入れを怠らない庭師たちは、本当に良い仕事をしてくれていると思う。そこでの結婚に何の問題があるというのだろうか。ロバートには理解できなかった。
一つ大きな溜息を吐いたグレースがロバートを見た。
「お父様に、私の妹代わりの可愛いローズのために、花嫁衣裳を仕立ててくださいとお願いして、了承を得ております。式の準備とは、そういうものです」
「ロバートの衣裳は、私が用意する。そうしないと、安心して墓にも入れん。兄上達に叩き出されそうだ。アリアやアリアの兄達に文句を言われてもかなわん」
グレースとアルフレッドの言葉はロバートには初耳だった。ローズも驚いていた。
「私は使用人ですし、華美なものは」
「私は孤児ですし、そんなもったいないこと」
ロバートとローズの言葉に、アレキサンダーが肉への八つ当たりを止めた。
「お前は、アルフレッド国王陛下の乳兄弟の息子であり、王太子である私、アレキサンダーの乳兄弟だ。ロバート、お前は、この国で王族に次ぐ歴史がある王家の揺り籠の一族本家の一人だろう。ローズはイサカの町での功績をたて、大司祭からは聖女の再来と言われている。お前達は少し自分達の立場を理解しろ。ロバート、披露宴だとお前が警護にあたらねばならないから、それは勘弁してやる。式は、きちんと挙げろ。というより、お前は、私達を式に参加させないつもりだったな」
アレキサンダーは、作法を無視し、ロバートにフォークを突きつけた。
「アレックス、いくらお怒りでも、それはいけませんわ」
「ロバートのせいだ」
グレースが窘めるが、アレキサンダーには一切反省した様子はなかった。