19)敵わない相手
「めでたいね。ようやくこの日がきて、私はうれしいよ」
満足気なアルフレッドに、アレキサンダーが聞いた。
「父上、ようやくとおっしゃっておられましたが、いつから用意しておられたのですか」
「指輪か?石は、お前の婚約と同じころに見つけておいた。指輪を作るように命じたのは、ロバートが、まだイサカにいたころだな」
「陛下から、良い職人を知らないかとご相談いただいたときは、私も何のご冗談かと思いましたわ」
王家の家族三人の会話にロバートは自分の過去の言動を必死に思い出していた。あの頃、自分はローズを妹のように思っていたはずだった。
王侯貴族は、二人の瞳や髪の色に合わせた宝石で婚約指輪を作ることが多い。当時からアルフレッドはロバートの相手にローズを想定していたことになる。
「アレキサンダーから片時も離れようとしなかったロバートが、イサカの町に自分を派遣しろというのだから、これはもう、尋常な出来事でないというくらい、想像つくだろうに」
アルフレッドの言葉に、ロバート自身が驚いた。
「陛下、そうはおっしゃいますが、私は当時、ローズのことは妹だと」
「“王家の揺り籠”の本家のお前が、そう簡単に主であるアレキサンダーの傍を離れるわけがないだろう。私には、可愛い妹のアリアがいたからね。お前の可愛がり方が妹へのそれではないことくらい、見ていたらわかったよ」
「陛下、そうはおっしゃいますが」
ロバートが母以外で会ったことがある女性と言えば、大半が貴族だった。アレキサンダーの愛妾の座をねらう女たちの業に辟易していた。同じ使用人の場合は、王太子宮内で使用人の頂点に立つロバートは、侍女と必要以上に関わることは避けねばならなかった。ロバートが好きなだけ可愛がっていい女の子は、初めてだった。素直で聡いローズとの会話は、余計な気遣いがいらず、楽しかったのもある。頓狂な発言に驚いたり、破天荒な振る舞いに何度も笑わされた。
「まぁ、自分の想いに気づいていなさそうなお前は、本当に面白かったよ。アリアに見せたかったのに残念でならない」
アルフレッドの言葉に、ロバートは、イサカの町のベンの言葉を思い出した。
「惚れた女のためじゃなきゃ、なんでここにくるんだ」
年長者の洞察力の恐ろしさをロバートは知った。
「イサカの町でも、同じようなことは言われましたが、まさか」
「おや、面白そうな話だね。私には報告がなかったが」
アルフレッドに報告しろと言われては、ロバートも観念するしかない。
「あの、ロバート」
琥珀色の瞳がロバートを見上げていた。
「いつから、妹じゃなくなったのか、聞いていい」
「あなたがいつから私のことを、慕ってくれるようになったのか、教えてくださるならばいいですよ」
真っ赤になったローズに、ロバートは安堵した。ローズの質問の答えなど、ロバートは持ち合わせていないのだ。
「ロバート、イサカの町での報告を聞いていないのだが」
楽し気に笑うアルフレッドの横で、アレキサンダーとグレースも、ロバートを見ていた。祝いの席で楽しまれているのは、料理でなく自分らしい。ロバートは席についたことを後悔し始めていた。
第一章20)ベンの協力
このころからベンがしっかり指摘しています。