16)祝いの席
翌日、丁度夕食に間に合う頃、王太子宮を訪れたアルフレッドは、上機嫌だった。
「何か、ございましたでしょうか」
ロバートの言葉に、アルフレッドは盛大にため息をついた後、笑い出した。
「あぁ、ロバート。まぁ、いずれ分かるよ。この箱を、アレキサンダーに早急に渡してくれないか。大切なものだから」
「かしこまりました」
ロバートは箱を受け取り、丁寧に一礼すると立ち去った。
その背を見送ったアルフレッドは、苦笑した。
「アリアも、真面目だったが。ロバートは生真面目が過ぎるな」
「おっしゃる通りでございます」
同意したエリックの顔をアルフレッドは凝視した。
「お前はロバートに心酔していると思っていたが」
「お言葉ではございますが、かようなことに関しましては、私でも彼に先んじていると思います」
「その割に、お前はそういった噂はないようだが」
「残念ながら、縁がございません」
エリックは、隣に立ち、笑いをこらえていたエドガーに肘鉄を食らわせた。
「従兄弟どうし、仲が良いのはよいことだな」
本来は、国王の前では許される行為ではない。王太子宮では、アルフレッドの私的な訪問の場合には、よく見られる光景だ。私的な訪問の時は、息子夫婦の家にやってきた父親でいたいというのが、アルフレッドの願いだ。
ライティーザ王国を治める国王のささやかな我儘を、アレキサンダーを始め、王太子宮の面々は、それぞれに受け止めた。エリックとエドガーが、気の置けない従兄弟同士の言い争いを繰り広げるのもその一つだ。
エリックは丁寧に一礼すると、とうとう声を出して笑いだしたエドガーの足を踏んだ。
「従兄弟の躾が行き届いておらず、申し訳ありません。私がご案内いたします」
夕食のために用意された祝いの料理をみて、ロバートもようやく気付いたらしい。平静を装おうとしているロバートを、アルフレッドは温かく見守り、アレキサンダーは面白がっていた。
ローズはいまだに何も気づいていない。長い髪にリボンが編み込まれ、グレースが選んだらしい華やかな緑色のドレスに身を包んでいた。ローズの今日の主役の一人に相応しい可愛らしい姿に、アルフレッドは目を細めた。
「ロバート、お前も掛けなさい」
「はい。本日は、わざわざこのような席を設けて頂き、ありがとうございます」
アルフレッドに促されたロバートは、一礼するとローズの隣に用意された席に腰かけた。
「今日は、気の置けないものばかりのはずだ。わざわざ、かしこまらなくてもよいだろうに」
アルフレッドは苦笑した。
「今日は何のお祝い?」
まだ分かっていないローズが、隣に座るロバートを見上げた。赤面しつつ、口元を手で隠したロバートが、そっとローズに囁いた。ローズの顔がみるみる赤くなり、耳まで赤く染まってしまった。
「ありがとうございます」
ローズは小さな声で言うと、真っ赤になった顔を恥ずかしそうに両手で隠してしまった。
「本当に、ローズは可愛らしいこと」
グレースが笑う。
「ずいぶんと待ったが、良い報告が聞けてうれしいよ」
アルフレッドは上機嫌だった。
「ローズがアリアの櫛を持っていたからね。期待していたんだが。随分待たされたよ。きっとアリアも喜んでいるだろう」
「恐れ入ります。櫛、あ」
ロバートはイサカの町に行く前、餞別の品としてローズに櫛を預けた。母が大切にしていた櫛だ。自分に万が一のことがあったとき、古い櫛が無碍に扱われないよう、最も大切にしてくれそうなローズに預けた。今も朝、ローズの髪を梳かすのに使っている。
「確かに、あれは母の櫛です。しかし、あの時は、今のようなことになるとは思っておりませんでした」
「ほう。しかし、お前にとって、アリアの持ち物は大切なものだろうに」
「古い櫛ですから。私に万が一のことがあったとき、ローズなら大切にするだろうと思いましたので」
「まぁ、そういうことにしておこうか」
アルフレッドは穏やかにほほ笑んだ。
「ちょっとまて、いつの話だ。どういうことだ」
アレキサンダーは険しい表情を浮かべていた。
「形見分けだったの」
ローズは、驚いたかのように、目を見開いていた。
「いえ万が一の場合です。すでにこうして、無事に戻り、もう随分になるではありませんか」
「お前の場合は、洒落にならん。イサカの町にいったときか」
ロバートの言葉に、アレキサンダーがため息をついた。
「アレックス、あなたのご心配もわかりますけれど、今日は祝いの席ですわ」
グレースは、微笑み、そっとアレキサンダーの手をとった。
ロバートは、隣に座るローズの頭をそっと撫でた。
「心配しなくても。無事に帰ってきたではありませんか」
「少し、思い出したの」
「今はここにいます」
「そうね」
ローズが頷いた。
ローズが落ち着いたことを確認し、ロバートは気になったことを尋ねた。
「アルフレッド様が、母の櫛をご存じとは、存じ上げませんでした」
「私が初めて兄上達に連れられて、城下町に行ったときの土産だ。私の兄達、私、アリアの兄達、全員が出かけてしまったからね。アリアたった一人で留守番させたお詫びだった。みなで選んだ思い出の櫛だ。懐かしかったね」
「左様でしたか。そうとは知らず、ローズに渡してしまいました。お返しした方がよろしいでしょうか」
「いや、ローズが持っていればいい。そのほうがアリアも喜ぶだろう」
アルフレッドは微笑んだ。
第一章幕間 アルフレッドの思い出 https://ncode.syosetu.com/n5478gt/
アルフレッドは櫛のことを知り、この日を心待ちにしていました。
5月11日10時から幕間開始です
アレキサンダーとロバートが、王太子宮に来たばかりの頃のお話です。
お楽しみいただけましたら幸いです。