15)見守っていた人々
夕食後、ロバートはローズの手を引き、普段通り図書館へと連れて行った。
扉が閉まった後、そこかしこで溜め息が漏れた。
「腕くらい組めばいいのに」
「全くです。朴念仁にも、限度があります」
エドガーの言葉に、珍しくエリックも賛同し、より手厳しい一言を付け加えていた。
「ようやっとですね。もう、いつになるやらと私は案じておりました」
慈愛の笑みを浮かべるサラは、母親のような心境なのだろう。目が潤んでいた。
ロバートとローズのことを皆、それぞれに見守っていたのだ。王太子宮にいる者は、二人の婚約を祝福するだろう。
無論、王太子宮の外にも、二人の婚約を祝福したくて待ち構えていた方がいらっしゃる。
アレキサンダーは、グレースと顔を見合わせた。どちらからともなくため息が漏れた。
「あれでは、御義父様が、お可哀想ですわ」
「全くだ」
アルフレッドは、ローズが王太子宮にやってきた早々から、ロバートの嫁にならないかと言っていた。何かとローズの世話をやくロバートを見て、アルフレッドは目を細めていた。
アルフレッドが二人の婚約を許可する書状を、快く書いてくれたことに、アレキサンダーは感謝している。貴族の婚約は両家の家長が国王に申請し、それが許可されることで成立する。貴族ではない二人の婚約だが、国王である父アルフレッドが、貴族と同様に許可をしたという事実は、今後役立つだろう。
なにせ、ロバートの父親は、あのバーナードなのだ。ロバートのためになることなど、するわけがない。親がいないローズだが、親と名乗り出てくる者が、突然現れる可能性もある。
アレキサンダーは、アルフレッドに、ロバートとローズの婚約を許可する書状を頼んだことを後悔していない。快く書状を書いてくれたアルフレッドが、二人の婚約と結婚を楽しみにしているのもわかっている。
だが、あの日から、アルフレッドが、ロバートがいない隙を狙っては、二人の婚約はいつになるのかと、アレキサンダーに尋ねてくることには辟易していた。アレキサンダーは、ロバート本人に訊くようにと、何度も訴えたが、アルフレッドは全く聞く耳をもってくれなかった。
「ロバートは奥手だ。困らせてしまうから、かわいそうじゃないか」
そう言い放ってくれたアルフレッドに唖然としたのは、一度や二度ではない。
おそらく、二人の婚約を一番早くから期待し、誰よりも楽しみにしていたのはアルフレッドだ。二人の婚約の知らせなど聞いたら、アルフレッドは大喜びで王太子宮にやってくるだろう。今から駆け付けられては、厨房を困らせるから、明日に一日延ばしたのだ。明日は、アルフレッドの酒盛りに付き合わされるだろうから、アレキサンダーは早く寝ておきたい。アルフレッドを酔い潰すための酒も、準備させておかなければならない。
「本当にロバートはロバートだ」
言葉にすると間が抜けているが、アレキサンダーにはそうとしか、言いようがなかった。
「おっしゃる通りですわ。もう、私もなんと申し上げますか。ローズも似たようなものですから、気にならないのでしょうけれど。私は心配ですわ」
グレースに、十歳以上幼い少女と似たようなものと言われたロバートが、哀れな気もしたが、アレキサンダーはあえて何も言わなかった。かつてグレースに、王太子宮に来たばかりの頃は、ロバートが怖かったと打ち明けられた。それに比べれば、今のほうがいいだろう。
「グレース様のおっしゃる通りです」
グレースだけでなく、ミリアも同じ意見らしい。
女性達の評価は手厳しい。色恋沙汰となると、極端なまでに不器用になるロバートが可哀そうだが、アレキサンダーのせいではない。
「エリック」
「はい」
先ほど、尊敬しているはずのロバートを、朴念仁呼ばわりしたのと同じ声が答えた。
「あの分では、ロバートは、父上がいらっしゃる意味に気づいていないようだが、どう思う」
「私でよければ、厨房に、祝いの席だと伝えておきます」
「あぁ、そうしてくれ」
アレキサンダーはエリックをしげしげと眺めた。近習の中で一番ロバートに似ているエリックですら、気づくのだ。
「なぜ、お前は分かるのに、ロバートは気づきもしないのだ」
アルフレッドに、二人が婚約したと連絡すれば、祝いだと、駆け付けることくらい予測できる。それこそ、ローズのために、婚約式を挙げるなどと言いだしかねない。
「アレキサンダー様、お言葉ではございますが、そういった関係のことに関しては、ロバートと私とを同列に扱っていただいては困ります」
ロバートを崇拝しているとまで言われるエリックとは思えない言葉だった。
「手厳しいな」
「アレキサンダー様、差し出がましいことを申し上げますと、ロバートは、あれくらいのほうが、完璧すぎなくていいです」
フレデリックの言葉の意味を、アレキサンダーはしばらく考えた。
「まぁ、確かに、微笑ましいな」
アレキサンダーは、正直に面白いと言うことは避けておいた。