9)未来2
グレースは、ロバートがローズをあそこまで独占したら、他の男がローズに寄り付かないと言って呆れている。サラは、あのロバートが、お気に入りを独占しようとするなど可愛らしいと母親のようなことを言う。ミリアは、あの独占欲では、ローズが将来苦労すると、今から心配している。
女性のほうが、観察は得手らしい。
ジェームズは、薔薇をわざわざ鉢植えにして育てている。二人の結婚式がいつになろうとも、温室をつかって、開花時期を調節すると張り切っているから、随分と気が早い。ローズを最初からロバートの嫁にといっていたのは、父アルフレッドだ。
年長者達の観察眼も侮ってはいけないのだろう。
「一応父上の許可はもらってある」
「アルフレッド様の許可とは」
アレキサンダーが差し出した書状を見て、ロバートが目を丸くした。
「この日付は、ずいぶんと前のものではありませんか」
ローズが丁度、記憶の私などという奇妙なことを言った頃の日付だった。
「お前は分かりやすかったからな」
ロバートが赤面した。書状には、ロバートとローズの婚約を認めるという一文と、父アルフレッドの署名がある。ロバートと、父親のバーナードとの仲は険悪だ。これがあれば、誰も二人の婚約に反対などできる者はいない。アルフレッドも快諾してくれた。
「父上なぞ、お前が王太子宮で御前会議代わりの茶会でローズの面倒をみていたころから、ローズがお前の嫁にならないかと言っておられたぞ」
「あの頃は、確かに妹だったのですが」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは抗議した。
「妹ではなくなったのは、いつからだ」
ロバートは何か言おうと口を開いたが、声を出す前に一度閉じた。
「わかりません」
答えるまでの間の長さに、アレキサンダーは呆れた。
「案外、最初からではないか。父上は、最初から嫁だ嫁だとうるさかったからな」
赤面したロバートは、目をそらしていた。
「少なくとも、最初から気に入っていただろう」
ロバートは目だけでなく、顔もそむけてしまった。
「婚約と言ってもローズ次第だからな」
アレキサンダーは、ロバートに、何度目かの釘を刺してみた。
「承知しております。ただ、あれは何というか、婚約や結婚といっても、どこまで何をわかっているのか。幼いというか。それこそ、コウノトリの話をしてやらないといけない気がするのですよ」
お前も似たように思われているという言葉を、アレキサンダーは飲み込んだ。
「一応分かっているのだろう。先日、娼婦から教わったと言っていたのはローズだ」
分かっているとは信じがたいが、ローズ本人が言ったことだ。何もわかっていなさそうで危なっかしいという、娼婦たちのローズの評価は正しい。
「何を知っているかは確認しております。ですが、本当に分かっているとは思い難いのです」
「そうか」
私もお前が本当に知っているのか、疑っている。アレキサンダーは喉元まで出かかった言葉を、口にすることは止めた。アレキサンダーの記憶に間違いが無ければ、確かに一緒に教わったのだ。
最近、近習達は口を揃えて、それは記憶違いではないかという。アレキサンダーは記憶に自信がなくなりつつあった。これでロバートに、そんな覚えはないなど言われてしまったら、アレキサンダーとしても辛いものがあった。




