2)リヴァルー伯爵の提案
程なくして帰ってきたローズは、少し物憂げな表情を浮かべていた。
「どうしました?ローズ」
出迎えたロバートの言葉に、ローズとティモシーは顔を見合わせた。
「私達では、どうしていいかわからないことがあったの。アレキサンダー様のお時間をいただけるかしら」
執務室でローズとティモシーの報告をうけたアレキサンダーの顔に厳しいものが浮かんだ。
「伯爵様から、週に1回くらい、定期的にお屋敷の図書室にきて、勉強したらどうだとお誘いいただきました。どうお返事したら良いかわかりませんでした。アレキサンダー様に相談してきますとお返事しました」
「あぁ、それでいい。返事はそれでいい。父上とも相談が必要だ。私と伯爵とで相談をして決める必要もある。決まれば伝えるからそれまで待ちなさい」
ローズを下がらせてから、アレキサンダーはティモシーに目をやった
「ティモシー、おまえはどう思った」
「リヴァルー伯爵家の図書館自体は、王太子宮の半分もありません。お申し出にどこまで意味があるか、私には判断出来かねます。リヴァルー伯爵家は、どちらかといえば新興貴族です。その歴史を考慮すると、比較的資料は多く保存されているようです。ただ、伯爵様は、ローズちゃん、ローズを思い通りにしようとしているように感じました。ここで学者と勉強しているときは、学者と自由に意見を言っています。伯爵様は、ローズに、もっとこう考えなさいと命令をしておられるようでした。ローズも少し怖いと言っていました」
ティモシーの言葉に、執務室に重い空気が垂れ込めた。
「やはりか。あの男、ローズを己の傀儡にでもするつもりか」
「ローズは素直です。伯爵様に関わりすぎて、強い影響を受けては問題です」
アレキサンダーとロバートの言葉を、否定するものはいなかった。
「後見人は私だ。まだ幼いローズではご迷惑をかけると言って、十五、十六歳程度になるまで、待っていただこう。完全に断るわけにも行かない」
アレキサンダーの表情は厳しいままだった。
「ロバート、お前に話していないことがある。伯爵の戯れかと思っていたから、言うつもりもなかったが、もしかしたら本気かもしれない。跡取りはだれでもいいから、それにローズを娶らせ、権限をローズに与えたらいいと以前おっしゃっていた」
それは、ロバートが恐れていたことだった。既にリヴァルー伯爵が口にしていたとは、ロバートにとっては予想外のことだった。
「素性の知れない孤児を、貴族がそう簡単に血脈に加えるわけがない。親族が反対するだろう。ただ、レスター・リヴァルー自身が、分家の出身で才覚を認められ本家の養子となった男だ。自身の出自を思えば、あの男自身は、血脈へのこだわりがさほど無いかも知れない。リヴァルー伯爵家を栄えさせたのはあの男だ。親族の反対をねじ伏せ、強引に意向を通す可能性がある」
ロバートが、恐れていた可能性の一つだった。“王家の揺り籠”と呼ばれ、敬意を払われようと、“家名なしの一族”と呼ばれ揶揄されようと、ロバートは貴族ではない。権力も権威もない。リヴァルー伯爵の意向に逆らうことなどできない。
「ローズの後見人は私だ。あれは、私が側近とするために育てている。宰相とは言え、リヴァルー伯爵の道具にはさせない」
アレキサンダーの言葉にも、ロバートの胸のつかえが下りることはなかった。