40)庭の二人
天気が良ければ、軽食を庭でとるのがロバートとローズの日課だ。厨房も特に何にも言わなくても、バスケットに食事を用意してくれる。今日も、敷物を敷いたうえに二人で腰かけていた。
「ロバート、一つ聞いてもいい」
「なんですか」
ローズが、暗い表情をすることが、減ったのは、ようやく最近のことだ。俯くことも減った。明るく楽しそうに笑うようになった。
あとから分かったことだが、三人はローズに聞こえるように陰口を言い続けていたらしい。サラとミリアの目を盗んで、無駄なことに労力を割くなど嘆かわしい。侍女として、あるまじき態度だ。もっとも、三人とも二度と王太子宮には戻すことはないから、もはや関係ない連中だ。
救護院から外に出ることも一生ない。
「どうして、あの三人ってわかったの」
「教えてくれた人達がいるのです。ただ、その人達は、自分が教えたことは内緒にしてほしいと言っています」
ローズも礼を言いたいだろうから、と言ってもサイモンは頑として譲らなかった。小姓には、内緒にしてくれと懇願された。
小姓達は、筆頭のティモシーを中心に、よく頑張っていた。エリックは逐一報告させ、基本的にはティモシーに任せていたという。
小姓達とサイモンは、ジェームズが庭でつぶやく独り言の助けをかりながら、三人の行動を調べ、記録していた。ローズに手分けして付き添い、一人きりになることがないように、してくれていた。年上の近習達とばかり過ごしていたローズが、年齢の近い小姓達と仲良くなったのは一つの収穫だろう。
「今までどおりがいいそうです」
あの悪口を自分達は信じていない。自分達があの悪口を聞いたとローズに知られたくないとサイモンと小姓達は言った。あまりにひどい悪口だから、人には教えられないと、彼らは、ロバートにも一部しか内容を言わなかった。
「アレキサンダー様から、ご褒美をあたえてあります」
サイモンには褒美として笛をやった。緊急時に護衛を集めるための笛だ。持つ者はロバートを含め数名に限られている。声の出ないサイモンは何かあったときに、助けを呼べない。サイモンが過ごす図書館で何かあるとは思えないが、万が一に備えることにはなる。王太子宮にある資料の中には秘匿すべきものも少なくないのだ。サイモン自身が喜んでくれたからよいだろう。
小姓達には、ロバートが、弓や剣の稽古をつけてやる約束になっている。焦らなくてもそれなりの年齢になれば、ロバートが教えてやるのだが、強請る小姓達に負けた。ロバート自身、亡くなったジャックに近い年齢の者達には、どうしても甘くなると言う自覚はある。
ジェームズは庭仕事をしていただけだと、知らぬふりに徹している。
「お礼を言いたいわ」
「伝えておきます」
「ちゃんと会って言いたいの」
「ご本人が遠慮しておられますから、私から誰とは言えません。あと、人の名前を順番に挙げて私に聞くのも禁止しますよ、ローズ」
図星だったのだろう。ローズがむくれて見上げてきた。
「ご本人が遠慮しておられるのです」
「じゃあ、ちゃんとお礼を沢山言ってあげてね」
「もちろんです」
「ありがとう」
「どういたしまして」
当たり前の会話をしながら、お互いに笑顔が浮かぶ。
「もう一つ聞いてもいい」
「私が答えられることならば」
「あの三人は、どうしているかしら」
救護院からは、報告が来ている。三人ともあまり役に立っていないらしい。
王太子妃が、アスティングス家の出来損ないの侍女三人を哀れに思い、王太子宮に連れてきていたと、大司祭に告げておいてよかったと思う。大司祭が、聖女の再来であろうローズ様、慈悲深いグレース様のお気持ちも理解しない愚かな三人を、皆で導きましょうといってくれているそうだ。聖職者の頂点に上り詰めるだけあって、一筋縄ではいかなそうな人物ではある。
「あまり役に立っていないそうですが、周りの人が一生懸命教えてやろうと頑張っているそうです」
「やっぱり、ご迷惑になってしまったのね」
「今からでも、追放にできますよ」
ロバートとしては、下手な復讐を避けるために、一族全員国外追放にしてしまいたい。
「追放は可哀そう。でも、沢山の人に迷惑をかけるのはいけないわ」
「ですが、それはあの三人の問題です。ローズ、あなたの問題ではありません」
「三人を慈善院の手伝いに」
「決めたのはアレキサンダー様ですね」
「どうしたらいいの」
「三人が心を入れ替えたらいいのです。でも、彼女らのことは彼女らの問題です。放っておきなさい、ローズ。救護院に働く人々は、様々な人をみているから、いつかうまく方法を考えてくれるでしょう」
「どうしたらよかったのかしら」
ローズが悲し気に呟いた。
「本来は厳罰です。見逃すことはできません。追放や極刑を避け、最善の手ではあったと思います。この後のことは、彼女らの問題です」
「そうね。そう思うしかないのよね」
ローズから、陰口の内容は聞いてはいない。サイモンや小姓達も一部しか言わなかった。だが、陰口を聞いていたものは少なくなかった。報告として、ほとんど把握しているはずだ。知られたくないと思っているローズに合わせ、ロバートは知らないふりを続けることにしただけだ。
「ちょっと、もたれてもいい」
「えぇ、もちろん」
隣に座るローズが、甘えるように身を預けてきた。
「ロバート、私、邪魔してない」
「邪魔ではありませんよ。あなたがいてくれてよかったです」
「本当」
見上げてくるローズの頬を撫でてやる。
「もちろんです。あなたが居なくなってしまったら、とても寂しい」
ふと思いついて、ローズの手をとり指先に軽く口づけた。
「ローズ、あなたが、ここにいてくれて、うれしいと思います。あなたは、ずっとここにいてよいのです」
琥珀色の瞳と目が合った。
いつか、この時間は終わってしまう。それでも、それまでは、どうか。どうか隣にいて、どうか私を見つめて、その瞳に私を映して、どうか私に微笑んで。
その思いが声になることはなかった。
大司祭様がローズにちょっかいを出すのが、気に入らないロバートです。