37)大司祭の訪問
アレキサンダーは事情を書いた書簡を聖アリア大聖堂に送った。万が一断られたらと懸念した。その日のうちに、大司祭からのぜひ、お会いしてお話をという書簡が届けられた。大司祭は何かにつけ王太子宮を訪れ、ついでだと言って、ローズに面会を申し込む。ローズがどんなに否定しても、大司祭は、ローズは聖女アリアの生まれ変わりか、二人目の聖女だと讃え、賛辞を送っていた。
大司祭の訪問となると、アレキサンダーとグレースも出迎えることになる。
大司祭は、アレキサンダーとグレースに、両腕を胸の前で交差させ、膝と腰を折る聖職者にとっての最敬礼をした。
「アレキサンダー様、グレース様、お二方ともご機嫌麗しく何よりでございます。どうかお二人に聖女アリア様の御加護がございますように」
その隣にたつローズを見てほほ笑み、同様に最敬礼をした。ローズもグレースから教わった通りお辞儀をした。
「聖女様、お出迎えをいただきありがとうございます」
「大司祭様、過分なご評価をいただいても、私はただの孤児でしかありません」
この二人のやり取りは、大司祭を出迎える立場にあるものにとっては、もう慣れたものだ。
「何をおっしゃいますか、イサカの民の救済、謙虚なそのお言葉、ローズ様、あなたこそが聖女様の再来です。ローズ様の功績に、孤児だということが、影を落とすことなどございません。聖女アリア様も孤児でいらっしゃいました」
そういうと、大司祭はローズの左手にそっと触れ、指先を口先に近づけた。ロバートの殺気を感じてか、指先に口づけることはない。指先への口づけは、男性が自分より身分の高い女性に敬意を表するときの挨拶だ。大司祭は、殺気立つロバートが面白くて仕方ないらしい。毎回同じことを繰り返していた。ロバートで火遊びをする豪胆な男は、大司祭くらいだ。
今日は出迎える場に、三人の侍女、エミリア、ケイト、スーザンを同席させた。侍女の中でも若い彼女らは今まで一度も同席を許されていなかったのだ。猿轡をかまされ後ろ手に縛られた三人は目を丸くしていた。
そんな三人に大司祭が目を留めた。
「ところで、あちらのお三方が」
「えぇ、お目汚しで申し訳ありません。罵詈雑言が尽きませぬゆえ、お耳汚しがあってはならぬと、あのようにいたしております」
「詳細はこれからお伺いするとはいえ、ローズ様の御心労を思いますと、老いたこの胸が痛みます」
「ローズの後見人でありながら、対応が遅れ、申し訳なく思っております」
「何をおっしゃいますか。慈悲深いローズ様が、あの者たちのふるまいを、御心のうちに留めようとなさったとか。それでは無理もございますまい。身の内に御子を宿されるグレース様の御心労もいかばかりか。もっともこれで、ご心労も晴れますでしょう。母子とも心身健やかにお過ごしいただくことができましょう」
「心温かいお言葉、ありがとうございます。私のみならず、この身に宿す命にも大司祭様の温かいお言葉が染み入るようでございます」
「大司祭様、このまま立ち話では申し訳ありませんから、詳しい説明はまた後程」
アレキサンダーの言葉に大司祭は微笑んだ。
「ありがとうございます。ところで、その際にはローズ様は御同席されますのかな」
大司祭の言葉にローズはうつむき、アレキサンダーの傍に控えていたロバートに身を寄せた。ロバートはそっとローズの肩を抱いた。そんな二人を見た大司祭は微笑んだ。
「これは申し訳ないことを。ローズ様。きっとお辛いこともたくさんございましたでしょう。ご心労がようやく晴れようというときに、思い出させるようなことを申し上げてしまったようですね。心よりお詫び申し上げます」
「大司祭様。お心遣いいただきありがとうございます。本当は、私自ら、きちんとお話しすべきなのでしょうけれど」
そういいながらもローズは俯いたままだった。
大司祭はゆっくりと膝をおり、ローズと目を合わせた。
「さぞやご心痛のこととはお察し申し上げます。ローズ様、あなた様の善行故に、妬むものもいるのです。慈悲深いローズ様がお気にやまれることのないようにいたしますゆえ、どうか、お顔をお上げください」
ゆっくりと顔を上げたローズに、大司祭は微笑んだ。
「私共がきちんと、身柄を預からせていただきます。お優しいローズ様が、心を痛めるようなことにならないように、最善を尽くさせていただきます。どうか、ご安心を」
大司祭の言葉に、ローズがようやく微笑んだ。
「大司祭様、ありがとうございます」
「いえいえ、ローズ様のお役に立てますなら、私共は光栄です」
「大司祭様、お言葉はありがたいのですが、私はそのような大したものではございません」
謙遜するローズの両手を、大司祭はその皺の目立つ手で、そっと包んだ。
「ローズ様、謙虚なお人柄は素晴らしいですが、ご謙遜が過ぎますと、御身を侮る愚か者も現れることでしょう。どうか、年寄りの戯言、心にお留め置きください」
ローズは驚いたように顔を上げた。
「あなた様のご功績は、あなた様のご功績、それ以外の何物でもありません。あなた様が誇ってよいのです」
大司祭の言葉は、その場に居合わせた者達の気持ちを代弁していた。
三名を除いてのことだが。