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EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 愚弟編
9/110

第3話『家出少年の夢』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ ティアール地区 高原広場】



 快晴という言葉がピッタリな空の下、草木を布団代わりに寝そべる。それは何物にも代えがたい心地よさがあるものだ……というのは空想の世界の話であるとクロウは知った。実際にやってみれば草木は思いの外固く、青々と茂る草花の中をめぐる水分のおかげで服が湿っぽくなり青臭くなるのだ。


「(ま、こんなしくじりも家出の醍醐味か)」


息苦しい孤児院から脱走したクロウは草原で寝そべりながらそう自分を納得させた。

 夏の匂いが入り混じる湿っぽい風が彼の黒髪を揺らす。孤児院の僧官が切り揃えようとする角刈りから逃げ、自らで切り揃えたボサボサのショートヘアをいじりながらクロウは深紅の瞳で空を見上げた。広い青空にはここセルヤマ星を中心に回る2つの衛星、ジキルとハイドがまるで目前に迫るかのような大きさで浮かんでいる。

 僅か数週間の短くも暑い夏が始まろうとしていた。そんな夏の間だけ外で暮らすことを体験してみようというのが彼の今回の家出の目的である。いずれ孤児院を出る日がやって来てた時、自分が平穏に暮らせるかどうかの予行練習程度に彼は考えていたのだ。


「見つけたぞ!」


突如届いた同世代と思しき少年の声にクロウは振り返ると、青い肌と金色の瞳をした小太りの少年タクミ・マウントが走り寄ってくる姿が見て取れた。この初夏の中を走ってきたせいか少し息を切らし、額に雫を光らせるタクミを見てクロウは片手を上げながら応えた。


「おータクミ。どうした?」


まるでいつものごとく飄々とした様子でクロウは微笑む。そんな彼を見てタクミは汗でずぶ濡れになった額を拭い、息を切らしながら咎めた。


「どうしたじゃ……ゼェ……ないよ……ゼェ……みんな……ゼェ……血眼になって……ゼェ……君のことを探して……ゼェ……るよ……ゼェ……」


「何でだ? 置手紙誰も見てねぇのか?」


「だからだよ! ……ゼェ……それでみんな探しるんだろ! ……ゼェ……」


同じ孤児院に暮らすタクミはツッコミを入れるようにそう叫ぶ。そんなタクミを見てクロウはケラケラと笑いながら上半身を起こした。


「カカカ! まぁいいじゃねぇか。いつも念仏唱えるだけの連中だぞ? 運動不足解消にはもってこいじゃねぇか」


「あのね。一応あそこは教会だよ? 神に仕える人間をからかって少しは心が痛まないのかい?」


「からかっちゃいねぇよ。俺の家出はマジなんだから」


あっけらかんと答えるクロウにタクミは困ったように息を吐く。そんな彼を見てクロウも多少なりとも罪悪感を感じていた。これまでクロウの100回を超える家出によって、彼なりに貧乏くじを引かされることも多々あるのはずなのだ。


「とにかく、1度戻ろう。建設的な話し合いの末に家出をするかどうか決めたらいいじゃないか」


「嫌だ。まーあれだ。ああは書いたけど夏が終わったら帰るからお前からそう言っておいてくれ」


「それで僧官連中が納得すると思うのかい?」


「いや、しねぇだろうな。そこはお前の交渉術でなんとかしてくれよ」


「僧官連中を納得させる武器が少なすぎる。何より僕自身が君に帰ってきてほしいのだから無理な相談だ」


「何で俺にそんな帰ってきてほしいんだよ?」


「君がいないと寂しいじゃないか。君を含めた友人たちと過ごすことが僕の平穏なんだ。全員日々平穏がモットーの君が僕の平穏を壊す気かい?」


恥ずかしげもなくそう告げるタクミにクロウは顔を顰める。それは正に一本取られたと言わんばかりの苦々しそうな表情だった。

 その表情を見てタクミは効果があったと察したのだろう。ニヤリと微笑みながら彼の隣に腰を下ろすとさらに付け加えた。


「君は純粋だからね。それゆえに嘘が通じない。だから君と説得する時は本音で語ればいいだけさ。僧官連中はそれが分かっていない」


クロウは少し黙考してから今更気付く。タクミに僧官連中への説得を頼んだのは彼が交渉術に長けているからだ。しかし、その術がこちらに向くとこれ以上ない強敵となる。強力な武器は自らの手にあれば心強いが自分に矛先が向くと面倒になるとクロウは子供ながらに理解した。

 タクミに説得されるとさすがのクロウの決心も少し鈍りそうになったが、彼はかぶりを振って我に返ると提案するかのように告げた。


「んじゃ、お前は今年の夏の間は実家に帰ればいいじゃねぇか。どうせ夏休みは実家に帰るつもりだったんだろ?」


同じ施設にいてもクロウとタクミの境遇は全く違う。両親が居ないクロウと違い、タクミは多忙な母による「早くから親元から離れ自立心を養う」という教育方針によって孤児院に預けられていたのだ。その証拠に彼は長期休暇になれば決まって母星であるカルキノス星に帰っており、何度かクロウもそれに付いて行ったことがあったくらいだ。

 しかしタクミはそんなこともお見通しかのように不敵な笑みを浮かべながら告げた。


「残念だが今年の夏は両親ともにこちらに来る予定でね。一緒にバカンスを楽しもうとのことだ。もちろん。君も含めてね?」


クロウは「ぐぬぬ」と言わんばかりに歯を食いしばる。やはりというか頭の悪いクロウが秀才のタクミを口で納得させることは無理だった。そんなクロウを見てタクミはたたみかける様にさらに言葉を連ね始めた。


「大体、あの教会に何の不満があるっていうんだい? 衣食住には困らないし、自然環境はいいし、何より孤児院では別格の個室だし、例え君が何もできなくても「まだ才能が開花していないだけ」だとか言って甘やかしてもらえるじゃないか?」


「オメー最後のは明らかにイジってやがんな?」


「僕だってたまには君にイニシアチブをとりたくもなるさ」


タクミはそう言って冗談めかして笑う。クロウは腕を組み「フーッ」と息をつくと、観念したように家出の理由を語った。


「……オメーが今言ったのが理由だ。あの連中、俺が勉強も運動もできなくても「きっと今だけです」だとか「貴方はすっばらしい才能を秘めているのです」だとか胡散クセェことばっかり言いやがる」


「? しかし、君のB.I.S値は優秀なんだろ? 彼らの言うことも一理あると思うが?」


不思議そうにそう告げるタクミにクロウは呆れたように溜息をつく。恐らく、勉強のできるタクミにはクロウの気持ちは理解できないのだろう。


「あのな? B.I.Sだか何だか知らねぇけどそいつはガキの頃の結果だろ? 大人になりゃ結果が変わるかもしれねぇじゃねぇか?」


「そんな事例は聞いたことがないけど……」


科学的に立証されているデータであれば、誰しもが納得する。そんな当然の事実を告げるタクミだったが、クロウは何を思ったか急に立ち上がりこぶしを握り締めた。


「バカ野郎! 俺が言いてぇのはそういう事じゃねぇ! いいか? そんな数値だか何だかの結果だけで俺のことを判断するのが気に入らねぇんだよ! 俺の価値は今の俺にしか図れねぇ! 今の俺は勉強も運動もできやしねぇんだ。それが今の俺なんだよ。だからこそ俺はそれを本気で磨くためにしばらく1人で生活しようと思ってんだ!!」


クロウは高説を垂れたかのように胸を張る。その姿を見ていたタクミは一瞬呆然としていたが、我に返るかのようにハッとしてから再び口を開いた。


「いや、それなら“あの人”がいらっしゃるじゃないか?」


タクミは悪戯っぽく、それでいて至極真っ当な意見として人差し指を立てながらそう告げると、クロウは呆れと恐怖が入り混じった表情でかぶりを振った。


「バカ! “アイツ”のやり方は異常だ! 俺が勉強やら運動やらが出来るようになる前に殺されるだろ!」


クロウがそう叫ぶと次はタクミが何も言い返せないかのように顔を強張らせる。その表情を見たクロウは説得が終わりそうなことにホッとしながら微笑んだ。


「とにかく帰る気はねぇよ。しばらくはクラスの連中の家を回るつもりだ」


「しかし……」


「安心しろ。もちろん親連中にバレる気はねぇぞ? 明日はフィルの部屋で泊まるんだけどよ。アイツの部屋は二階だけど梯子は準備済みだ。んで明後日のゲイブの部屋は家の離れにあるからすぐ入れる。しかもアイツ1週間泊めてくれるってよ! それと来週のミーナの家は」


「え? ちょちょちょちょっと待ってくれ!」


「あ? 何だよ?」


完璧な計画の説明中に口を挟まれクロウは不満気な表情を浮かべるがタクミは顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「じょじょじょじょ女子の! し、しかもミミミミミミミーナさんの部屋にまでイ、イ、イ、イクつもりかい!?」


「あ? 何だよ? ミーナが「ウチに来ていいよ」って言ってくれたからな。まぁアイツんちは一晩だけだけど」


「ひひひひ一晩限りのつもりかいっ! な、何て不誠実なっ!!」


普段は冷静沈着なタクミが動揺する姿を見てクロウはほくそ笑む。大人びたタクミも化けの皮をはがせば思春期の少年である。クロウは説得することなど忘れて彼を徹底的に追い詰めることに注力した。


「ああそうそう。ミーナに「来て」って言われたら行くだろそりゃ?」


「ししししかしだね! いいいいくら何でもじょじょじょ女子の家というのは!」


「確かにリスクはあるよな? 俺ももしかしたらこの若さで親父になるかもしれねぇし?」


「ななな何を! はははは破廉恥な! きき君はじょじょじょ常識というものが!」


タクミは思わず立ち上がってクロウに詰め寄る。その横に大きな巨体から繰り出される圧力は凄まじく、クロウは圧倒されながら自らの発言を撤回した。


「じょ冗談だよ! ったく、もう少しフランクなオメェの母親を見習えよ!」


「母を反面教師にしたんだよ!」


「まぁオメーの母ちゃん美人だからしょうがねぇよ。この前会った時は俺もあと10年経ったら相手にしてくれるってよ」


「まさか君は母にまで!」


「だから冗談だっつーの! いちいち本気にすんな! あと“まで”ってなんだ! 誰にも手ぇ出しちゃいねぇよ!」


さらに加速するタクミの妄想にブレーキをかけるようにクロウはケラケラと笑う。

 暑さだけではない汗をタクミが拭う姿を見てクロウは再び草木の上に寝ころんだ。雲の動きが徐々に早くなっていくと同時に乾いた風も少し強くなっていく。その乾いた風に乗って本日2度目の大声がどこからともなく響き渡ったのはそれからすぐの事だった。


「クローーーーーーーーウ!!!!!!」


その大声に次はクロウだけでなくタクミも振り返る。そこには見慣れたクラスメイトが息を切らせながら走る姿があった。


「おう! どうした? オメーん家に泊まらせてもらうのは確か……」


「そうじゃない! あ、タクミもいたのか! ちょうどいい! アイツが! ビスマルクが来やがった!」


少年の言葉にクロウは無言で立ち上がりタクミの表情が強張った。


「ビスマルク……ライアット地区のビスマルク暴屋(ぼうや)のことかい!?」


タクミがそう叫ぶと少年は息を切らしながら頷いた。


「そうだよ! この前アリステ地区も制圧して今じゃ高等部の連中まで屈服させてるアイツがついにウチの地区にまで来たんだよ!」


ビスマルク・オコナーという少年はセルヤマに住む少年ならば知らないはずのない名前である。すでに大人以上の身体を持ち、高等部の学生相手に大立ち回りをしてライアット地区を暴力で支配する少年だった。ちなみに余談ではあるが実家は代々の花火師らしい。


「そうか。ついにこっちにも来やがったか」


クロウは少し困ったように……そして何か決意したように顔を上げる。そんな彼の顔を見てタクミの顔は青褪めた。


「お、おい! まさか行く気かい!?」


「そりゃあな。向こうはどんな塩梅だ?」


クロウがそう尋ねると走ってきた少年は頷いた。


「う、うん。何か「さっさと探してこい」って子分に言ってたよ。で、これは他の地区の従兄に聞いたんだけど、ビスマルクってのは、まず町のリーダーを探してそいつと一騎打ちするらしいんだ。だから……多分クロウのことを探しているよ」


少年の返答にクロウはまるで臨戦態勢に入るかのようにストレッチを始めた。


「んじゃ、俺の方から出向いてやるか。向こうの出方次第じゃやるしかねぇな」


「何を言ってるんだ! 喧嘩なんて一度も勝ったことがないくせに!」


もはや戦う気満々のクロウにタクミは呆れたようにツッコミを入れる。


「勝ったこともねぇけど負けたこともねぇ! 俺は負けたことを認めてねぇからな!」


「あのね! 君の天性のリーダーシップやカリスマ性は認めるけど力なき正義に意味はないんだよ! ましてや相手はマフィアにも一目置かれているなんて噂があるセルヤマ最強の男だぞ!? 下手をすれば本当に殺されるかもしれないんだ!」


「安心しろ……俺は死なねぇ……例え殺されても死んだって認めねぇからな!」


「何で君はこういう時会話が成立しなくなるんだ?」


なぜかドヤ顔で親指を立てるクロウにタクミは呆れたように俯く。しかしクロウはそんなことなど気にせず呼びに来た少年に向き直り指示を出した。


「とりあえず行くぜ! オメーは他のみんなにも声をかけといてくれ! 東の森に集合だ!」


「わ、分かった!」


クロウの指示に少年は急いで走り出すと続いてクロウはタクミの方に振り返った。


「タクミ。オメェはどうする? 一緒に来るか?」


クロウの言葉にタクミは頭を抱えるようにへたり込む。そして力ない声で言葉を連ねた。


「僕だって君ほどじゃないけど喧嘩なんてできないんだ……行っても役には立てないよ。ただ交渉なら僕の方が上手だ。君も別に自分から喧嘩を吹っ掛ける気はないんだろう?」


タクミが確認を取るとクロウはニヤリと微笑みながら頷いた。


「そりゃそうだろ。オメェも言っただろ? 俺のモットーは全員日々平穏だぜ?」


「本当だろうな?」


「あたりめぇだ。何事も平和的解決が一番だろうが」


「約束できるかい?」


「あのな? 俺が約束破ったことあるか?」


「278回ほど」


「よし! 数えられるうちは破ったに入んねぇな!」


クロウはニッコリと笑う。その笑顔は妙に安心感と期待感を膨らませ多くの同世代が彼に惹きつけられる一因でもあった。この笑顔にやられてタクミはこれまで散々彼の行動に付き合ってきたに違いないのだ。

 クロウの微笑みに応えるようにタクミはゆっくりと立ち上がる。


「分かった。じゃあ僕も行くよ。交渉なら少しは役に立てそうだ」


タクミは両手でお尻についた泥を払うと一つ咳払いをして、まるで警告するかのように目を閉じながらクロウの方に振り返った。


「その代わり! これが終わったら一緒に帰るんだよ!」


タクミがそう告げて目を開く。しかし当の本人ともいえるクロウは聞く耳を持たぬと言わんばかりに両手で耳を塞ぎながら走り出していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えーっと、このクロウって呼ばれてる子が、双子のうちの一人でセルヤマに預けられた子……なんですよね(;´・ω・) ちょっと遡って読み直したのですが、このクロウくんが兄なのか弟なのか、分からず…
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