第38話『皇帝と枢機卿』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ 慰問式典会場】
セルヤマ星宙域宇宙船爆発事故の慰問式典は寸分の狂いもなく時間通りのプログラムで終了していった。帝国全域に生中継されていたこともあったので、タイムテーブル上狂わす訳にいかなかったのだろう。
御料車に乗り込み式典会場から滞在用のホテルへと向かっていたランジョウは、そんな事を思いながら正面に座る赤肌の女騎士に視線を投げかけた。
「どうにも……面白味のない式典だったな。そう思わぬか? ベアトリス?」
「はっ。ですが私めといたしましては陛下の御身に何事もなく安心しております」
「殊勝なことだ」
ランジョウはそう言って小さく笑いながら窓に視線を移す。
上空数百メートルの空路を走るエアカーの外にはセルヤマの大自然が広がっていた。
移り変わる美しい風景を眺めてランジョウは消息が掴めない未だ見ぬ弟の姿を思い浮かべてみる。
自分自身と同じ姿をしているのであれば簡単に見つかりそうなものだが、育った環境が違えば雰囲気は変わってくるのだろうか?
そんな事を思い浮かべ、ランジョウはまたしても小さく笑った。
「……まぁそうであって貰わねば困るがな……ん?」
ランジョウはボソリと呟きながらも視界の外側にわずかに写った影に怪訝な表情を浮かべた。
その様子を察したのか、それとも彼の小言を聞き取ったのかベアトリスは前のめりになる。
「いかがなさいましたか?」
「……来客のようだ」
ランジョウがそう告げるとベアトリスの手首に装着されている通信機が光った。
彼女は戸惑いながら視線を投げかけてくるが、ランジョウはどこ吹く風と言わんばかりに応答するよう小さく頷いてみせた。
「……私は陛下の御前にある。それを知っての通信か」
応答したベアトリスは通信機に向かって少し苛立ったような口調でそう告げる。
しかしそんな彼女への返答はベアトリスだけでなくランジョウにとっても予想外のものだった。
『怖いなぁ~そら部下の子らもおっかながる筈やわ。でもまぁ1つ堪忍したってや。あとこの声聞いたらボクが誰かも分かっとるんちゃうかな?』
聞き慣れないジュラヴァナ星の訛りにベアトリスは戸惑っている。
ランジョウも一瞬戸惑いを見せたものの、すぐさまいつもの調子を取り戻して小さく笑い声を上げた。
「ククク……護衛車さえも攻撃対象と思えぬ存在はこの帝国において一つしかあるまい」
『ありゃりゃ。まさか皇帝陛下がそんな近くにおられはったっとは気付かへんかったわ』
声の主は白々しくそう告げると、それが小事のように話を続け始めた。
『でもあっさりと気付かれはるとは流石は皇帝陛下でんな。器量がそのへんの連中とはちゃいますわ』
不躾な物言いにベアトリスは怪訝な表情を浮かべるが、ランジョウはそういう人間は嫌いではなかった。
寧ろ彼からしてみれば、ざっくばらんな態度のほうが新鮮というものだったからである。
「貴様の車両は見えている。せっかくだ。その辺で話すとするか」
『こらおおきに。ボクもいっぺん皇帝陛下とお話してみたかったんですわ』
「ベアトリス。どこかで適当に停まるよう指示を出せ」
「……はっ」
ベアトリスはすぐさま運転手に連絡を入れ、上空の空路を走っていた御料車は降下していく。
するとPE∀CEという文字が描かれた奇妙な雪原へと舞い降りた。
――
――――
――――――
舞い降りた雪原はどうやら閉鎖されているらしかった。
聞けば本来であれば雪の砂紋が広がる絶景スポットなのだが、上空から見えたようにどこからか侵入した一般市民によって足跡が付けられたらしい。
その人気のない広大な広場を使わない手はない。
ランジョウを乗せた御料車は雪原の真ん中に降り立つと、ベアトリスが先に降りてランジョウの扉の前に移動した。
「陛下、先方はすでに降りております」
「皇帝を待たせぬは当然のことだ」
ランジョウがそう告げるとベアトリスが御料車の扉を開く。
外に降り立ったランジョウの眼前には雲ひとつない青空と真っ白な雪原という美しい情景が広がった。
それと同時に凍えそうな寒気彼の身体から体温を奪おうとすると、ベアトリスはすぐさまその肩にコートを掛けてきた。
「陛下、私め如きが僭越ながらご忠告を……どうかご油断なさりませぬように。彼奴はトーマスが告げる要注意人物の一人です」
「分かっている。そう案ずるな」
ランジョウは肩に掛けられた分厚いコートに袖を通すことなく胸元にそっと引き寄せる。
すると正面から堂々と歩み寄ってくる男の姿を捉えた。
「えらいスンマヘンなぁ。こんな辺鄙な所でお停めしてもうて」
この寒さの中で男は胸元が開けた法衣を纏い、その上からランジョウ同様に重厚なコートを肩に羽織っている。その姿を見てランジョウは小さく笑った。
「随分と奇抜な格好だな。枢機卿ともあれば服装を注意する者などおらぬだろうが」
「カカカ! 仰る通りですわ」
男はそう言ってランジョウの前に辿り着くと雪原の上で片膝を付く。頭を垂れる男の後頭部は剃り上がっており蓮の花の入れ墨が彫られていた。
「して、何用か。コウサ=タレーケンシ・ルネモルン枢機卿」
ランジョウは遠回しに頭を上げることを許可すると、コウサはゆっくりと顔を上げて微笑みを見せてきた。
「へぇ。出来たら陛下と二人で話したいと思っとります。お時間をいただけまへんでっしゃろか?」
「二人だと? そんな事を許すと思うか」
ランジョウが答える前にベアトリスが語気を強めて返答すると、コウサは微笑を保ったまま彼女の方に視線を移した。
「そう怖い顔で睨まんといてぇやベアトリス護衛隊長はん。お姉ちゃんみたいなおっかない人がおったらゆっくりお話もでけへんやないか」
「私をどう思おうと勝手だ。だが私には陛下をお守りする義務がある」
「一応、ボクは神栄教の枢機卿やで? 皇帝陛下の御身に危害を加えるわけ無いやないか」
「神栄教の枢機卿を信用するな。かつての上官に口酸っぱく告げられていたのでな」
「あ、なーるほど。シャインちゃんの元部下かいな。そら優秀な訳や」
コウサはケラケラと笑う。
その姿を見てランジョウもまた口角を上げた。
「ベアトリス。下がっておれ」
「陛下……!」
ベアトリスは不満と怒りが入り混じったような表情を浮かべるが、ランジョウは視線を彼女に向けることなくコウサを見つめながら再び口を開いた。
「そちは余が最も嫌う事をさせるつもりか?」
「……失礼いたしました」
ベアトリスはそう告げるとランジョウとコウサの間に割って入り、敬礼すると同時にランジョウにブラスター銃を差し出してきた。
「……ですが10分とさせていただきます」
そう告げるベアトリスの目は「これが引き下がる条件だ」と訴えかけていた。
数少ない部下の我儘を聞いてやるのも自身の務めだと思いながらランジョウは小さく鼻を鳴らして銃を受け取ると懐に仕舞い込んだ。
「充分だ。では枢機卿、少し歩くとするか」
「お散歩デートでっか。ええですな」
コウサはニコリと微笑みながら立ち上がる。
ランジョウはベアトリスに問題ないという意味も込めて一瞬視線を送ると、コウサを従えて雪原の上を歩き始めた。
雪原に足跡が付けられてからこの辺りにそれほど多くの雪は降らなかったのだろう。
その証拠に積り固まった雪は凍りついており、その上に僅かな粉雪が積もっているだけである。
ランジョウはコウサを従えながら雪原の上を歩き、小さな林の中に入ったところで尋ねた。
「して、何用だった?」
「大したことやおまへん。ただ皇帝陛下のお気持ちを知っておきたいと思っただけですわ」
「余の気持ち? 悪いが化かし合いは苦手でな。分かりやすく言ってもらおうか」
「さいでっか。ほな単刀直入に。ご自身の弟はんの事をどう思われとるんでっか?」
その言葉にランジョウの足が止まる。
それと同時に小さな足音が消え去り、辺りには冷たい風が木々の枝を揺らす音が僅かに鳴り響いていた。
「……ッフ。そうか、貴様はどこまで知っておるのだ?」
静寂を打ち消すようにランジョウが鼻を鳴らしながらそう告げると、コウサは微笑を保ちながら答えた。
「弟はんが生きてはって、宰相派を倒すために動き出しとるっちゅうこと。それと今はアイゴティヤ星のブランドファミリーに捕らわれとるっちゅうことでんな」
「ほう……そうか。やはり我が愚弟は此度の事故を生き延びたか」
その言葉にコウサの表情が一瞬変わるのをランジョウは見逃さなかった。
ようやく見せた人間らしさにランジョウは少し満足感を覚えながら彼同様に微笑みを見せた。
「どうした枢機卿? 余が愚弟の危機を知りながら放っておいた事がそんなに不思議か?」
「いやいや。よぉ分かりましたわ。それこそがボクのお聞きしたかった陛下のお気持ちです」
「左様か。ではこんな機会だ。余からもそちに聞いてみたいことがある」
ランジョウはそう告げると顔だけ振り返っていた大勢からしっかりとコウサの方に身体を向けた。
「愚弟は余だけでなく宰相の手からも今後逃れると思うか?」
ランジョウの問にコウサは少し考える。
彼は視線を上に上げてから黙考した後、またしても小さく微笑んだ。
「どうでっしゃろ? ただ宰相派は数だけです。弟はんにはシャインちゃんを筆頭にどうやら優秀な人間が付いとるみたいや」
「では愚弟が勝つと?」
ランジョウが再び問い詰めるとコウサは肩を竦めた。
「陛下。女神に仕える枢機卿も預言師とちゃうんですよ。そんな正確には分かりまへん。ただ聞いた情報やと弟はんは知らん内に仲間を仰山作るタイプみたいや。そういう奴は敵に回すと厄介でっしゃろな」
「よく分かった。余も優秀と思う人材は手元に置いておきたいと思うが……どうだ?」
「残念でんな。ボクは政教分離の原則に従っとるんで」
「左様か。今の言葉は無論、貴様の父の前でも言えるのであろうな?」
ランジョウは懐に手を入れる。
返答次第ではその引き金を引くつもりだったが、コウサはニヤリと口角を上げて頷いた。
「ええ。ボクはいつも女神メーア様と神栄教のためにしか動きまへん」
その言葉には偽りが多少混じっている。
ランジョウは直感的にそう感じながらも、同時にコウサが真の意味で宰相派に属していないということ感じ取っていた。
再び静寂が訪れる中、ランジョウの懐から着信音が響き渡る。
大自然の中で機械音が鳴り響く中、ランジョウとコウサは暫く視線を合わせていたが、やがてランジョウの方が視線をずらすと懐に収めていた手を抜き取り通信機を取り出した。
「……ベアトリスか」
『はっ。陛下。お時間です』
「分かった。ああ、あと予定を変更する。このままラヴァナロスに戻るので船の準備を整えておけ」
『承知いたしました』
ランジョウはそう言って通信を切ると、通信機を再び懐に仕舞った。
「では、また会おう枢機卿」
「ええ。お時間を頂戴してエライスンマヘンでした」
「いや、実に有意義だった。もし気が変われば余を訪ねるが良い。存在せぬ神よりも余の方がそち多くの徳を与えられようぞ」
「……」
コウサは黙って頭を下げている。
さすがに最後の言葉に反応はしづらいのだろうと思いながら、ランジョウは彼に背を向けて歩き始めた。
「……そうか……生きているか………………ククク……クハハハハハ!!」
ランジョウの高笑いが雪原に響き渡る。
その笑いが何を意味するのか、それはランジョウしか知り得なかった。




